イッセー尾形の字の部分 演出家森田雄三 語録ブログ
森田雄三語録ブログ
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「玉田先生の本」

 神戸のセンセーズの新年会というか、稽古があった。瀬戸内海が見渡せる中西マンションに先生たちは集まってくれた。皆が「小説を書く」という集い。

 夜中に布団に入って思いついたのは綾さんと玉田さんの小説。綾さんは翌日現れたので、「童話の形」を思いついたので、それを話した。綾さんとは20数年の付き合いだし、これまで作った「綾さんの作品」を知っているから、僕が浮かんだイメージを伝えることができた。

 書く書かないは、綾さん次第だが、書けば一級品になるのは僕は分かる。子育てや旦那の世話、それに老母の面倒や保育士の仕事の手がすけば、書いてくれるだろう。綾さんは「小説が書きたい」のではなく、「熱心な雄三に申し訳ない」と思うから、僕の創作に付き合ってくれるのだ。で、20年以上も雄三に付き合ってくれるのだから、凄いと思う。

 玉田さんは中西マンションに同宿したから、翌朝に、話そうと思ったら、早朝に仕事に出かけていた。玉田さんは「フェイスブック」が面白かったから、これを元にして「写真本」のような物を創ればいい、と思ったのだ。

 で、この思い付きを玉田さんに伝えないまま、僕は東京に戻った。

 前に一度、玉田さんに「あなたのフェイスブックが面白いのは何故ですか?」と聞いたことがあった。玉田さんは現役の教師で、授業を始める時に「生徒に話す無駄話に使えるから」と答えていた。落語で言うところの「まくら」というやつですね。生徒が授業に入りやすくする為に「興味を引く話」ということです。

 玉田さんと連絡を取るのも面倒くさいと思っているうちに、僕は自分で玉田さんのフェイスブックを開き、読み始めていた。ここ数年の間、玉田さんは熱心にアップしてあるから、膨大な量になっていた。一日何回もアップしているし、記録が好きなのだろう。というより「使い捨て」が好き、と思えてくる。かっこよく言えば「過去に固執しない」となるが、大雑把にいうと「見返さない」ということだ。自分のフェイスブックに価値を置いていないのが分かる。「どうでもいい」のだ。

 僕はそれを読み返した時に、「創作」というのは、「改めて創る」のではなく、「そこにあるもの」と気が付いた。美術に例えると、「石ころ」が作品なのだ。これが前衛芸術の根本なのだ。

 100年前、マルセル・デュシャンというアメリカ人が、公募展に男便器(あさがお)を、美術館に展示した。これが前衛芸術の始まりになった。

 だから、玉田さんが「捨てるようにアップしたフェイスブック」にこそ創作があると僕は思ったんですね。

 で、玉田さんの膨大なフェイスブックを拾う作業が始まった。現役の教師である玉田さんを思えば、僕は暇な老人だ。それにフェイスブックを見れば見るほど、玉田さんが多忙なのが分かる。玉田さんの家は農家もやっている。田んぼ仕事をトラクターでこなしている。それにバトミントン部の顧問であり、子供たちを全国大会に連れて行くレベルだ。フェイスブックによると「朝練」「放課後」「日曜日」「遠征」という練習だ。半端な練習では「全国大会」など行けるわけがない。こんな忙しい時間を縫って、玉田さんは「雄三WS」に参加してくれる。昨年は「富山WS」にも来てくれた。

 「豊かな人間ほど作為的ではない」というフレーズが、僕の頭の中に浮かんだ。昔で言う「尊敬できる人」なのだろう。「アピールしない人」という言い方もできる。

 これは是非「出版すべき」と、僕一人で夜中に盛り上がった。玉田さんには「何一つ伝えていない」。それは面倒くさいとか、気を使うを通り越して、「森田雄三が玉田浩章になった」からだ。

 僕はいろんな素人に小説を書かせようとしているが、多分、遠くを捜していたのだろう。「才能のある人」を求めていたのは間違い。だが「才能」は身近な人にあり、それに気が付かなかったということだ。

 僕一人で盛り上がっているに過ぎないが、この夏には玉田さんの本を出版しようと思う。で、大手の出版社に営業を掛ければ、商業出版され、一般書籍として書店に並ぶかもしれない。

 玉田さん、何も言っていませんが、僕の中でこんな段取りになりましたので、ご了解くださいませ。本の形にして近日中に送ります。書き加えてほしい事も指示しますので(そんなに難しい事ではない)、よろしくお願いします。

| - | 22:15 | comments(1) | - |
「一人ぽっちと創作」

 10年以上の付き合いがあるAさんが、我々の楽ちん堂に泊まりに来た。地方都市に住むAさんは会議の為に上京して、明日からヒルトンホテルに4日間缶詰だという。Aさんは大企業のバリバリの営業マンだ。

 僕は大企業の事は知らないが、背広の脱ぎ方が違う。脱いだ背広を裏返し、両肩のところをつまんで折り畳み、座っている膝に掛ける。浅く腰掛けた椅子から身を乗り出し、「話を伺いましょう」と言う体制に入る。何年もこんな仕草をしているのだろう、一瞬に感じられる。これがAさんの戦闘態勢であり、皺ひとつないスーツが戦闘服なのだろうと感心する。

 Aさんは大枚な寄付を定期的に下さる、我々の支援者でもある。

 「女房と別れて暮らすことになりましてね、今は一人暮らしなのです」と言う。

「まだ誰にも言ってないんです」と言いながらも、きっぱり整理がついたろいう口調だが、顔色は悪い。

 僕を「人生の相談相手」と思っているらしく、前回現れた時は「転職の相談」だった。まぁー話を聞きますわね。だが、「見も知らぬ奥さんの悪口は聞きたくない」し、だからと言って「自分はサッパリした」という余裕を聞かされるのも嫌だ。

「引っ越すとすぐにNHKの集金人がやって来たんですよ。インターホンを押すとカメラに頭の天辺しか映ってなくて、奴ら玄関のカメラを意識して、最敬礼をこっちに見せるんですね」

 僕は、すぐにAさんの話を止めさせた。別居か離婚か知らないけれど、Aさんにとっての思いは「NHKの集金人」のレベルではないはずだ。営業マンの「つなぎの話」を持ち出されても困る。

 「Aさん、あなた新居に移ってボンヤリしていたでしょう」。多分、梱包のままの段ボールの間で、日が落ちるまで座っていたに違いない。そんなリアルな事はどうでもよくて、「頭の中が、現実の『今』とは違うところにあった」という事が大事だと僕は言いたかったのだ。「ボンヤリして記憶がない」からショックなのだ。その時何を思ったか「さー思い出せ!」と、僕はWSのような事を始めた。

 人間にとっては「意味のある営業成績」や「幸福と思っている家族生活」も確かに大事なのだが、「自分を何も感じない」とするのも、僕は重要と思っている。「一生懸命さ」と「何をしているのだろう」のような無力感が、人生の両輪で車は前に進むのだ。そして「無力感」から出発するのが「創作」だ。

 「Aさんには、今こそ創作の機で、二度と訪れませんよ」と、励ますというか叱った。僕は「創作」が「人生を救う」と信じているのです。

 Aさんは、長くボンヤリした後「家族で炬燵に入っていた時、何にも話がなくて、みんな黙ってましたね」。「いいねぇー」と言うと、「背中が曲がった婆ちゃんと、前を見つめた爺ちゃんと、下を向いている叔母さんがいたな」「列車が鉄橋を渡る音が急に大きく聞こえてきていたから、雪が積もった月夜の晩だったんだろう」「火元の煉炭が消えると、暗い座敷の布団に入ったなぁー。あっ、小っちゃい電球が付いてた」

 と、子供の頃の思い出をポツリポツリと話始めたが、興に乗り出したのだろう、「お釜にこびりついたオコゲを、婆ちゃんがいつも食べてて…、しゃもじでそのオコゲを食べさせてくれたら、おいしかった」とも言っていた。「最後に炬燵を出ると、婆ちゃんの『蒲団上げといて』のしわがれた声がして、炬燵の布団を台座にあげた。そうしないと、猫が勝手に入ってきて、炬燵のぬくもりで出て行かないから。あの頃はどの家も玄関の鍵を閉めないから、猫が入ってきてね。玄関の引き戸には猫の爪痕が一杯あったよ」

 Aさんは、妻と別居し「これまでは家族の為」と思ってやってきたことが、崩れてしまったのだ。そんな現実に遭遇したのだ。そんなもの、慰めようも励ましようもない。本人が「喋る事」などどうでもいい。本人の想定より「大きな嵐」がやってきたのだ。

 時間をかけて「いつの間にか忘れる」という方法しかはないのは知っているが。生きていれば「誰しもに起こる突発時」なのだ。「予期すること」と「実際に起こる事」は全く違うのだ。「片足がなくなる想像」と、「片足がない現実」は全く違うのだ。時間をかけて忘れる為には「妻を責めること」や「自分をさいなむこと」のつらい目を見なくてはならない。「時間をかけて忘れる」というのは「自分に起こったことは大したことじゃない」となる為だ。自分の事が「他人事」のうになるという事でもある。

 Aさんの子供の頃の話を聞くと、「自分は独り」というのがしみじみと伝わってくる。、だから自分以外の「人が居る」と嬉しいのだ。僕は「死病」を3回宣告されたから、よく分かる。「他人がうるさい」と「人が居てホッとする」は紙一重なのだ。

「孤独」にならなければ、「人がいる空気」の有難たさは分からないと思う。

 Aさんに「小説を書くよう」に言ったが、彼は「一人っきりの部屋」で、もしかしたら「小説を書く」かも知れないと思った。

| - | 04:22 | comments(0) | - |
松岡君が自作の和歌を送ってきた

、神戸のWSの参加者の松岡君が「自作の和歌」を送ってきた。和歌には詳しくないが、僕の感想を聞きたいのだろう。

 松岡君の、僕の印象や思いを皆様にお伝えしないと、「なぜ彼が和歌を書くのか?」の意味が分からないだろう。無論、僕の偏見と独断に満ちたものだが、それがないと「和歌が彼の趣味」となってしまう。趣味ならば「素晴らしいですね」で、お茶を濁す事になってしまう。彼が書かずにはいられない「原点」を捜さないと、僕が「素人と創作をする意味」がなくなるのです。

 神戸で営業マンをしていた松岡君は、「酪農」をすると、転職をして北海道に渡った。手紙の住所で調べると、どうやら北方四島が見渡せる海沿いの町らしい。人生の転換を図ったのがよく分かる。僕の長男も、鹿児島からフェリーで14時間かかる、南の島に移住したのだから、「人生の転換を図る」というのは、今の若者の流行のようだ。長男は2年半で島を抜け出し、鹿児島に住むようになったが、最近東京に戻ってきた。ですから、長男の友人は「人生の転換」を計った若者が多い。いうならば「芸術家になる」と言ったところで、親がスマホで調べるから「人生の転換」=「未知への船出」とはならないのだ。

 様々な経歴を持った人が集まる「森田オフィス」や「雄三WS」で、何十年も過ごしている僕は、「独特の生き方などない」と思っている。みんな誰かの真似なのだ。「ちょっとカッコいいな」とかね。あるいは「ああはなりたくない人(たいていは父親や母親)」を反面教師としている。で、僕は「創作を行う事」で、あなたの考えは「オリジナルではない」と伝えようと思っているのかもしれない。「創作って独特」と思われているからね。情報化時代というのは、自分の「行う事」の先が見通せるということだろう。

 今はそんな時代だと思う。だから未踏の地などないのだ。僕らの時代にかろうじて残っていた「性行為」すら、裸の男女の映像で「正しいセックス」の手順が示されたのだ。もはや小学生もエロビデオを見るという。青春真っただ中の若者の中身は、実は「性行為に飽きた中年夫婦」からのスタートになってしまったと僕は思う。

 松岡君が送ってきた40本近い和歌は「北の国の孤独」と「人肌の恋しさ」をテーマにしている。そんなもの「移住しなくても分かるわ」という感想を僕は持つ。神戸で営業マンをしていた時も、同じ思いで冷たい布団に入っていたに違いない。だから、このテーマは松岡君のものではない。言うならば「北海道の僻地」は何の影響も松岡君に与えなかったということになる。営業マン時代の神戸の独身寮も、受験勉強した我が家の自室も同じなのだ。引きこもりの子供が部屋から一歩も出ずに、年取っていくのだ。「孤独と人肌の恋しさ」を追い求めるのが松岡君の人生ね。

 松岡君、僕がいまここに書いたことは、周りの大人たちはみんな分かっているのですよ。あまりに可哀相だから、皆は「頑張っているね」などと励ましているのです。「引きこもりの子」に声をかけるのが優しさだからだろう。松岡君からすると「底意地が悪い」と思える人がいるでしょう。会社の上司とか管理者。が、だいたいは直接仕事を教える同僚と言うか、仲間は「面白そう」に付き合ってくれるでしょう。それは僕もそうだが「すぐに転職するだろう」と思っているから、「初心者免許」のように「真面目さで人生を乗り切れる」と思っている松岡君にふざけているのです。無論、イジメるような悪ふざけもありますが。

 前回、我々のWSに「里帰り」のように顔を出した時に、「昨日ちょっと言ったことを、翌日には村中の人が知っているんですよ」と、松岡君が言っていた。それが、松岡君が感じた「その地」なのです。そこことが発見なのであり、松岡君が「関係している」ことなのだと僕は思う。そんな些細な事は松岡君はどうでもいいのだろう。単なる愚痴の感じで、「発見」に繋がっていかない。

 「ふざけんなオーロラくらい見せて見ろ、きれいな姿で忘れさせてよ」が松岡君の原文。これを僕が変更すると「ふざけんなオーロラくらい見せて見ろ。昨日の秘密、村中に広まる」

 もう一つ「『抱きたい』が、想いの全てとはいわないが、体の芯まで感じられないかな」が原文。僕が変えると「『抱きたい』が想いの全てとはいわないが、体の芯まで届かず、マスまたかく」になる。

 僕は何も下品な事を歌に取り入れろと言いたいのではなく、自分の思いを発見しろと伝えたいのだ。見知らぬ人に商品を売り込んだ後の独身寮で「マスかき」と、星がきらめく雪原から帰った一軒家での「マスかき」はとは、想いも感慨も違うだろう。その「かすかな違いの発見が創作」と僕は信じている。「マスかき」と刺激が強い言葉を使ったが、「コロッケを食べる」でもいいし、「シャツを干す」でも何でもいい。日常で繰り返されることでの「発見」を、書くことによって、意識的になれば良いのだ。生活が違って見える。

 日本で一番有名な和歌。

「この味がいいね」と君が言ったから7月6日はサラダ記念日。

 この句に僕が初めて接したとき、性に奥手な若い女性が作者だろうと思った。簡単にいうと「ダサい女」ね。今でこそ「サラダ記念日」はフレーズは市民権を得たが、「記念日」というのは、新鮮さのない言葉だったのです・「建国記念日」が代表的で、「結婚記念日」なんて、僕は無視する言葉だった。

 和歌は古くからある表現形式だから、僕が知っている古典芸能にも触れたい。古典芸能は「プロの世界の創作」であって、長年の習練は避けられない。歌舞伎などは3歳から稽古を始めるのだから、素人が太刀打ちできるものではない。形を真似て、それに魂を吹き込むのだから、4日で芝居を創るを行っている僕からすると「どうぞやってください」だよね。

 この古典芸能のような形で、日本は西洋演劇を取り入れたのです。ロンドンのシェークスピア劇団のレコードを演出家に聞かされて、僕ら若手の役者は、その口真似をさせられたものだ。日本の現代劇の家元はロンドンにいたのです。

 和歌はよく分からないが僕が、松岡君の作った作品に接すると、「手本」が自分と関係ないところにあると思えてならない。だから松岡君の「生き方」にも「手本」というか「こうあらねばならない」というものがあるんじゃないかな。松岡君が大人になるまで、僕のような「松岡君を馬鹿にしている先輩」から、鼻先を引きずり回されるだろう。こんな酷い事を書いても僕を恨まぬほど、それぐらい松岡君は「良い人」なのです。

| - | 19:51 | comments(1) | - |
「タエシマ君が小説を書き始めた」

 暮れに神戸から東京の「楽ちん堂」に、タエシマ君が訪ねてきた。彼とは20年以上の付き合いになるだろうが、彼の説明は難しい。知っている仲間では「タエちゃんのよう」と言えば、共通のイメージが湧くが、「タエシマ君」自体が形容詞なのだ。だいたいは「駄目なヤツ」と思ってください。そして彼を前に「お前はダメなヤツ」と言うと、タエシマ君は満面の笑みで喜ぶ。タエシマ君は「ダメなヤツと言われるのだ好き」なのだろう。

 正月の間、「小説を書くよう」に僕は薦めていたのだが、彼は真剣な頷きをしながら酒を水のようにあおっていた。

 書きかけの原稿を今朝送ってきたのだが、僕はとても面白く、最後まで書けるだろうという気がした。何故僕は「彼が最後まで書けると予感した」のだろう。今朝から、彼に「感想を送ろう」と思うのだが、書けない。だからタエシマの小説の事を、ここに書いて公表しようと思った。このブログを書けば、思いつくだろう。それぐらい、「どうダメ出しをしていいかわからない」のだ。

 小説の話に入る前に、タエシマの奇天烈さを読者の皆様に分かってもらいたいと思う。うだつの上がらないサラリーマンを想像してください。テレビドラマの中のサラリーマンではなくて、ラッシュアワーにもみくちゃにされ、目に入っても記憶にとどまらないしょぼい勤め人ね。タエシマ君は勤続20年のキャリアを持ち、マンションを買っている。郊外の都市の支店長になり、通勤に長い時間が掛かるが自宅から通っている。高校に入る娘と、中学生になる息子がいて、奥さんはパート仕事や手内職で生活を支えている。彼は「ダメな勤め人」に見えるが、社会的には「立派な人」とも言える。

 僕はタエシマ君に小説を薦めたのは、彼は「終電で寝過ごし、終着駅まで行き、始発で自宅に戻る」と聞いたからだ。彼に確かめると「多いと週に三日になることもありますね」と答えていた。誰しも「何で?」と疑問が湧く。もう何年も続いているらしく、「女でも居てくれた方が分かり易い」と奥さんに言われるらしい。

 毎日家庭に戻るのだから「家族がイヤ」ではないだろうし、毎日会社に行っているのだから「仕事がイヤ」でもないだろう。

 なぜ彼は「そんな頻繁に電車で寝過ごす」のか、僕には分からない。正月にじっくりとタエシマの「寝過ごす話」を聞くと、嬉しそうに、笑い声を出しながら話すのだ。彼にとっては「自分の寝過ごす話」が面白くてしょうがないのだろう。彼は昔っから「失敗談」を話すのが好きだったが、「電車を寝過ごす事」のどこが面白いのか僕には分からない。

 が、これは「創作の作品」になると、僕は直感した。言葉を代えると「生き甲斐になる」と言う事だ。自分の駄目さを「生き甲斐にしている」と言えばちょっとは分かってもらえるかな。理屈っぽく言うと、「皆に褒められること」を生き甲斐にする人っている。その逆に「嘘つき」で、虚言に喜びを見出す人もいるのは確かだ。「女たらし」や「大ホラふき」の類だろう。だから「自分の駄目さ」を愛する人がいても不思議じゃない。

 だが、タエシマ君は「自分の駄目さ」をアピールするわけじゃない。言うならば「大人しいダメな人」なのだ。

 僕はタエシマ君を「オタク」と捉えている。「ダメな自分を愛する」という趣向の者が分かり合い、密かに温め合っているのではなかろうか。

 同性愛者が市民権を得る時代になったのだから、「ダメ男趣味」も、世間に出てもいいのじゃないかと、僕は思っている。言うならば「女装趣味」と捉えれば分かり易いでしょう。奥さんも子供もいるのに、女物の衣装を着る喜びの人って少なくないとか。「女装趣味」じない一般人にはまるで理解できないが、そんな欲求が湧いてくるののだろう。

 タエシマ君の言葉を借りると、終着駅で車掌に起こされて、それが田んぼの中へんぴな駅だったりする事もあるそうだ。手持ちの金がなく、コンビニもなかったら、歩くしかないんだって。歩かないと凍え死ぬと思うんだって。

(本文より)

 二キロぐらい先に、ガストありますけど、2時までだったと思いますよー。ありがとうございますって、店出たら、とにかく寒いんで、二キロ先のガストに走るようなペースで向かうと一瞬で着くんだけど、1時過ぎだから、コーヒー一杯に400円ぐらいだして、小一時間あったまって、2時に追い出されるって、考えたら、店に入れなくて、突っ立ってたら、寒過ぎてね。涙がツーって、垂れ出したら、足が勝手に動き出すんすよ。体温が下がり過ぎて、このままだと死ぬぞって体が反応してるんでしょね。右足、左足って、あてもないのに猛烈な速さで歩き出すから、腹くくって、夜通し歩いて姫路を目指そうって。一時間くらい歩くとやっと、寒くなくなるから、あ、俺いける、死なんって。朝まで線路沿いを歩いてたつもりなんだけど、うねってたんだろね。二駅しか進んでなくて、英賀保から始発に乗って、家帰って、出勤。

 

 僕は「創作にとっての大事な事」は、「自分の不思議さ」であって、タエシマ君のケースでいうと、「なぜ電車で寝過ごすのか?」だと思う。分かっている事を書こうとすると「物書く奴隷」となってしまい、素人には絶対書けない。分かり易く言うと「創作は恋愛」のような物で、ほっといても「好きな人」が思い浮かぶでしょう。「なぜこんなに好きなのか?」「いっそ忘れてしまおう」などなどで悶々とする。「恋愛を出来ない人はいない」ように「創作」も出来ない人はいないのです。

 「自分の不思議さ」に興味はない人はいないのに、「あなたは○○な人です」と規定されると落ち着くのが社会生活でもある。

 (追伸)

 タエシマ君へ。

 洋服屋の店員のアルバイトの話が出てきたら、連続してるバイトの話が続いた方がいい。「道場で座禅のような事した」とも言っていたじゃないか。舐めるように「自分のダメさ」を思い出した方がいいよ。

 詰まったら風景描写(現在)を書くように、そうすると「なんかを思い出す」から。この記憶の断片の分量が、全体を支えていて素晴らしいと思う。山下君流に言うと「リズム」ね。読者に分からせようとしたら「リズム」は崩れる。

 

 

| - | 04:01 | comments(0) | - |
「リョウ子の一人芝居」について

 スタッフのユウジのお兄ちゃんは、引き籠りで自分の部屋から出ない。そして同居している父親や母親を殴るらしい。警察を呼んだりするが、警察は現行犯じゃないと手出しできないそうだ。で、精神病院も預かってはくれない。ユウジは親や兄ちゃんを見捨てることは出来ないから一緒に暮らしている。ユウジは「大きな愛」というか「自己犠牲」を理解してしまったのだ。「お兄ちゃんはまともに暮らせないだろう」し、ユジガ出来ることは「そばにいる事」と腹をくくっているに違いない。僕はユウジに敬意を表している。それは僕には出来ない「大きな愛」だからだ。言葉を代えると「僕は家族と一緒に溺れる」のが嫌だからだ。

 僕の心情としては「人は単純な事に悩む」と思っている。で、ユウジに「お兄ちゃんはいつ暴れる」と聞くと、即座に「親から金をもらう時」と答えた。親が金を渡す時、父親が「金を稼ぐのは大変なんだぞ」と繰り返し言うんだって。親にしてみれば、いつかは「お兄ちゃんは働く」と励ましているつもりなのだろう。あるいは「親が金を渡すから、子供が自立しない」という葛藤があるのだろう。で、父親が殴られるという暴力沙汰に発展する。その時に「止めに入る」のがユウジしかいないのだ。

 ユウジ曰く「父親も黙って金を渡せばいいのに」だって。

 誰の悩みも、一つの単純な事なのだ。ユウジのお兄ちゃんの場合は「目の前の現金」なのだろう。通常ならば「働いて現金を手に入れる」のだろう。が、幼き頃から単純作業のアルバイトを身に付けるから、「金を稼ぐこと」=「時間の切り売り」となるに違いない。「嫌な事」をして「先輩にペコペコする」を「金を稼ぐこと」と思い込んでも不思議じゃない。

 話が変わるようだが、我々、健常人は「様々な事で悩んでいる」と思っている。「仕事に不満がある」とか「人間関係が辛い」とか。が、実は「幼稚なほど単純な事」で腹を立てているのではなかろうか。ちょっとしたことで血が逆流し、指先が震える。人間は立で高等ではないと、僕は思っている。そんな人間の捉え方で、僕は「芝居を創ってきた」のだ。その人が気にしている事」は「他人には丸見えだが、本人には見えない」ということね。「裸の王様」と言えば分かり易いかな。

 だから「王様は裸だ!」と叫んだ子供のように、皆が分かっている「その人の丸裸」を当人に教えさえすれば、本人は「自分を滑稽に描くこと」が出来る。

 いうならば「腋臭(わきが)」のようなもので、「自分の腋臭に気が付いていない人」っているものだ。うちに出入りする女性で30代半ばなのに「自分の腋臭」に気が付いていないのがいた。興奮すると臭くなるから、当初は「僕の感じ過ぎ」と反省していた。「臭いよ」と言うとイジメになりかねない。「王様は裸だ」と言ったのは子供だったが、今は「子供ですら、感じたまま」を言えなくなったのだろう。

 が、事実として「その腋臭の女性」は、皆に敬遠されている。「変わった人」の扱いだ。

 僕などは「余計な事を言って嫌われたくない」から、腋臭にふれることをしなかった。女性スタッフが「腋臭の彼女」を話題にし、「母親がいなかったから、『腋臭』を教えてもらわなかったのだろう」とか、「いつも清潔で、白いジーパンや淡い色のシャツを好む」「絶えず笑顔で微笑んでいる」「結婚する気配がない」などなどの噂場の類だったが、「やっぱり彼女に『腋臭』を教えるべきよ」となった。

 で、「誰が」「どんなふうに教えたらいいか」の話になり、我々は芝居を創っているから、芝居の台本を創るような雰囲気になって筋書を相談した。彼女に「腋臭を伝える役どこ」に名乗りを上げたのがベテランのスタッフ。「亭主が腋臭だったのを病院に行かせたのよ。治す方法も教えなくちゃ、興味本位に受け取られる」と言う。それで腋臭が女性の問題は解決したが、本人は相当にびっくりしていたとか。最初に言い返された言葉が「あなたの幻臭(げんしゅうよ)、私は腋臭じゃない」と開き直られたとか。当人にしたら、忠告したベテランスタッフを意地悪としたかったのだ。

「腋臭」という、どうってことない欠点が人生を左右した一例だろう。本人が「なぜ自分が遠巻にされて、打ち解けられないのか」を、いろいろ悩んだろう。その悩みは、すべて的外れだったのだ。

 「悩みは幼稚なほど単純明快」を理解すれば、「一人芝居」は簡単に創れる。「裸の王様」の原理で、内面と外側の葛藤が「世界のすべて」として、芝居を組み立てればいいのだ。「一人芝居」とは「自分の思い」と「他人の口だし」の絡みなのだ。一人しか登場しないから、主人公が周りを曲解するから、滑稽であり悲惨なのだ。

 この方程式で、前回のリョウ子の一人芝居で組み立てた。リョウ子の実人生は演劇大学を卒業し、小劇団で十数年役者を続けている。言うならば、思春期以降の彼女は人生を演劇に捧げている。と書くとかっこいいが、これを身も蓋もなく書くと、「単に売れたいだけ」といえる。

 彼女の悩みを「役者として売れること」とすると、「恋人に女が出来た」のは、愛の悩みではなく、芸能界と自分をつなぐ糸がなくなるということだ。叔母ちゃんたちの励ましも彼女にとっては、恨みにしかならない。元々「売れるはずもない女優」だったとしたら、「売れる女優」にしがみつくのは、滑稽で哀れな事だろう。「裸の王様」が来たマントは「売れる女優」だったのだ。

 外部から見れば、どんなに若作りしようとも、年寄りは「爺と婆」なのだ。僕は足を一本なくした障がい者だから、外目には「体の欠損」は隠しようがない。義足は医学的な理由でつけられないのだ。「裸の王様」のようにマントでは「外目を偽れない」。だから他人の尊重が出来ると思っている。簡単にいうと「あなたが思ったのが森田雄三です」ということね。相手が思ったことはくつがえせない、ということね。

「一月22日のささやかな稽古」でリョウ子の「一人芝居」がアップされています。雄三のフェイスブックで動画が見られます。

 

 

| - | 02:09 | comments(0) | - |
今朝の朝日新聞の「ひと」の欄に山下澄人君が取り上げられていた。

 受賞記者記者の定番の「受賞の感想」で、山下君は「芥川賞ってすごいな」「芥川賞作家やて……、友達ビックリするわ」と答えていた。それを記事にした、記者会見の記者たちは、長い間がある山下君の答えを「照れて…」とか、「喜びをかみ殺して」というフレーズを使って形容していた。

 が、今日の朝刊のインタビュー記者は受賞の感想を「他人事のように言う山下澄人」と表現していた。そしてこのインタビュアーは、「自分を他人のようにとらえている作家」として、受賞作の「しんせかい」の内容を紹介していた。過去の自身の実体験を「他人事のよう」に捉える書き方を、山下澄人がしているというということね。

 手元にその新聞記事がないので、正確ではないですが「実体験の過去」に「思い入れ・ノスタルジー」がないと言う事だ。「乾いている・醒めている視点」と書いていた気がする。

 これまでの小説家も読者も「思入れをする」のが小説だったのだ。大河小説というか、名作は、例えばトルストイは、登場人物のすべてに「その人になり代わったよう」な態度で、その人たちの心の中まで書いている。いろんな人の心の中まで判るって「トルストイさん、あなたは神様ですか」と、僕は突っ込みを入れたくなった。無論、若い頃に読んだから、その当時は「これが面白いと言う事」で「感動せねば」と、自分に言い聞かせて「小説の長さに耐えた」のだ。無論何も頭に残らないし、きれいさっぱり忘れてしまったが、NHKの名作ドラマで「戦争と平和」をやっていたのを見た時、長編小説の筋が蘇った。「途中から見ても、話が分かる」というのがメリットに過ぎないのが「若い頃の勉強」と気が付いた。周りに友人や家族がいれば「トルストイってのはな・・」と自慢場をしたに違いない。」が、誰もいなかったし、居ても僕は敬遠され、避けられるだけだろう。僕の若き日の苦労は何の役にもたたないどころか、迷惑となったのだ。

 これは芝居にも同じことが言えて、「自分を他人事のよう」に扱えば、シリアスで滑稽に「生きること」を描くことができる。

 僕は「自分の事は他人ごと」のスタンスで「創作」を行っている。難しくもなんともなくで「自分の話は誰も聞いていない」という立場に立てばいいだけだ。爺さん婆さんの昔話がそれで、「聞くに堪えない」が本人は「嬉々として喋っている」のだ。不思議なもので、この爺さん婆さんの「嬉々とした話」を舞台に乗せると、観客は笑うのだ。「おかしくない」のは演じている「当の本人」だけで、「皆さん何が可笑しくって笑っているのですか」と真顔で聞くことも珍しくない。

 こんな「雄三WS」を20年以上も続けていると、創作した本人には「手ごたえ」がないのが「良い出来」となるから、すぐに来なくなる。「手ごたえ」とか「創った実感」を「本人が持ちたい」のだろう。「やったー!」という喜びを持ちたいというのかな。

 そんな手法で「創作活動」をしている山下澄人君が、芥川賞という栄誉を受けたのは、僕は嬉しい。これは稀な事であり、時代を一歩進める事だと僕は思っている。山下君は「負け戦覚悟」で「創作の世界」に乗り出していたから、栄誉が訪れたのだろう。

 山下君の師匠である倉本聰さんが、作品に対する感想で「僕でも分かる、分かり易い事を書いてくれ」と受賞祝いのコメントがテレビに流れていた。倉本聰さんはさすが山下君の師匠と思った。定番のお祝いの言葉を述べず「自分の実感」を述べることで「自分の信念」を守ったのだと思う。   

 最後に山下君は「つるっと寝言みたいに出てきた言葉」を集めて書いていると記事にあった。彼の書き方の本質だと思う。これこそが、僕が長年素人と創作してきた真髄なのだ。「創作」は思い付きにしかなく、「考え」は「創作とは逆」なのだ。「自分がいいと思うのはくだらない」ということであり、「無我の境地」というと、説教好きな人格者に誤解される。気が張らない場所では「誰でもそうなる」のだ。爺さん婆さんの「愚痴や説教」、それに若い人の「命を掛けた恋」もそう。本人は真剣だが、周りは滑稽となる。「お前は、なんべん『命を掛けた恋』すれば気が済むんだ」と、聞く側は白けている。

 それにしても、このインタビュー記事は凄い。「板垣麻衣子」という気者の名前まで覚えてしまった。きっと板垣さんは「山下澄人」に興味があり、この作家が行っている意味も理解しているのだろう。

 僕は山下君の頑固さ誠実さで、文学を復興させるよう望んでいる。皆さんがもっと本を読むようになるという事なのだ。「千何百円で 本を買う事」が、僕ら外野席の意思表示だと思う。本人は「買ってくれ」とはとても言えないだろうが、周りの野次馬としては、いくらでも頭は下げられる。

 僕の芝居のそうで「観に来なくていいよ」と僕は言い続けるが、周りの人が宣伝してくれる。そんなわけで「しんせかい」をどうぞ買ってください。この本が「文学復興の起点」になると僕は信じています。

 他人事だと、何とでもいえるのが気楽でいいね。

 

 

 

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「山下君の芥川賞効果」が、僕のところにも表れた

 カフェによく来ていた30代半ばの美形の女性がいた。当初はカフェにあった「ピアノを弾かせてください」と、音楽大学を卒業したらしい感じだった。「話し掛けてくれるな」のオーラのある人だった。エリート臭かったってことね。ピアノがなくなってからもカフェに来て、物静かに座っていた。

 カフェで行われる「雄三WS」に興味が出たらしく、稽古のたびに顔を出すようになった。「通りすがりの人」が芝居を演じたり、稽古後の食事や酒を囲むのがいつもの事だ。そのうち、澄ましていた彼女も、楽しそうに笑うようになっていた。が、彼女は来なくなったが、記憶に残らない人だったのだろう、僕は覚えていない。

 その女性が、今朝、カフェのテーブルに座っていた。清子の「前にWSに来ていた子だって」とか「名古屋からわざわざ来たのよ」と言われた。

 彼女には気品があって物静かなオーラはなくなっていた。自分のペースで生きられなくなったのだろうと僕は直感した。「歌のレッスンに東京に来たんです。すぐに帰ります」と、愛想笑いたっぷりの笑顔だった。用件があるから笑顔が崩れるのだ。清子が「レッスンの帰りに寄りなさいよ。新幹線まで送って行くから」の言葉に、何の疑いもなく出て行った。

 夕方、彼女がカフェに戻ると、ちゃんと僕の正面に対峙する。そして僕の目をのぞき込む。悩みを抱えているのだが「どう切り出していいのか分からない」と、僕は受け取った。もはや気品も物静かさのかけらもない。

 そして彼女は山下君が芥川賞を取ったのを知っていた。どうにも抜け出せない「日常」に捕まって身動きが取れなくなったのだろう。

 ときたま、この手のタイプの人が現れるから、スタッフはよく知っている。こんなオーラが清子の「新幹線まで送って行くよ」に繋がったのだろう。

 聞けば、彼女はピア二ストを目指して若い時期を過ごしたが、ハケンの事務職で長く勤めたが、名古屋へ転勤になったという。名古屋は故郷でもなんでもない。「残業はあるの?」と聞いたら、首を横に振った。夕方、5時6時には退社するということであり、ワンルームマンションで夜を一人で過ごすという事だ。で、学生時代から続けているピアノのレッスンに月に一度、東京に通ってるらしい。

 これは僕が想像した彼女の暮らしであり、彼女が喋ったわけではない。

 20歳代は「努力すれば…」音楽家になれるという展望があり、若さもありイザとなれば「結婚すればいい」という逃げ道のイメージもあったに違いない。が、今は絶望している気がしてならなかった。

 僕が「創作をすればいい」というだろうと思っている彼女は「山下さんで、才能があったんでしょう?」と真剣に聞いてきた。僕は「才能がある」って誰にでも言うよ。その答えに彼女は大笑いしていた。

「小説を読んでいない人」ほど書ける。とも言ったら、彼女は「どうして?」とか「何で?」と、繰り返し質問してきた。彼女は「プロを目指すほど、ピアノも稽古に打ち込んだ」のだろう。その「努力が無になる」という問題を抱えているからこそ、一人で悶々としているのだ。僕は「ピアノを止めなさい」とは言わないが、ピアノで収入を得るという希望は実現しないだろうと言った。僕の演劇仲間は、収入がなくて芝居を止めている。秀吉が使った「兵糧攻め」で、人生を挫折するのは馬鹿馬鹿しい。人並みに働けばいいだけだ。

 彼女の人生については何も聞いてはいないが、彼女が望んでいるだろう「コンサートホールでの演奏」は無理ということだ。が、彼女が獲得した「ピアノの技術」を生かす道を捜した方が現実的だと言いたいのだ。出来る範囲での「ライブ活動」を婉曲に勧めた。自分の現実の条件を見据えて、そんな中で「どうやって創作するか」が肝心であり、そこ以外に「創作」の出発点はないのだ。これは僕の持論だが、そんな事は彼女には言わなかった。

 現状を嘆くより、やってみればいいだけであり、向いてなければ続かないだけだから、何も悩むことはない。これまで沢山経験した「三日坊主」の一つに過ぎないだけだ。やる気が起きる時もあれば、嫌になる時もあるのは当たり前ではないか。

 人生は長く、平均寿命は80歳を超えているから、音大出の彼女にしてみれば50年以上先があるという事だ。そんなもの「ピアノの演奏」でも「小説を書く」「芝居をする」でもやってみればいいではないか。そして、すぐに飽きるのが肝心。だいたい誰しもが飽きるに決まっているから、自分を責めたり、教師や仲間を恨んだりしない事だと思う。金をだまし取られるだけのことで、まぁー「金がかかるもの」は胡散臭いとした方が正解だろうね。今の時代は「向上心」が金儲けの商売になっているからね。

 彼女の出現は「山下君の芥川賞効果」が現れだろうと、僕は思っている。彼女が「創作に生き甲斐」を見つけるよう助力するのが、僕が出来る事と信じています。人生には「想定外のひょんなこと」が起こるののです。良いにしろ悪いにしろ、向こうからやってくるのだから、人生を生きる当事者である本人には責任のない事ばかりといえる。70歳まで生きると、やってくる偶然を面白いと思うようになるんですよ。

 

| - | 02:02 | comments(0) | - |
「山下澄人君が芥川賞を受賞した」しみじみと嬉しい。

 5時ごろから、ニコニコ動画をブッチーさんがセットしてくれていた。僕は見るでもなく見ていたら、受賞の知らせが入ってきた。「雄三さん、山下さんが受賞しましたよ」と、ブッチーさんの興奮した声。

 僕は「山下君の作品が素晴らしいから、何度もこのブログで宣伝していた」。だから僕が受賞を喜ぶと思っている。僕の心の中を「勝手に決めつけるな」とでも思ったのだろうか、僕は不機嫌になった。過去のWSでブッチーがしでかしたこと「こうすれば雄三が喜ぶだろう」の類の過剰親切を思い出して、ブッチーに駄目だしを始めた。「雄三さん止めなさい。お祝いなんだから」と清子に止められるくらい、僕は不機嫌だったようだ。

 自分でも良く分からないが「良かったですねぇー」の言葉に不機嫌になることが多い。お正月に「おめでとうございます」の挨拶に「どこが目出度いんだよ」と言いそうになったりする。単なる「へそ曲がり」に過ぎないのだろうけど。

 僕は42歳で障がい者なった。障がい者になってビックリしたのは、「足を一本なくしたら、より自由になった」と言えないのだ。物理的に禁じられるのではなく、曲解される。まぁー簡単にいうと「強がっている」と同情される。それでも繰り返すと「受け流される」のだ。僕が「片足がなくなって良かった」と言うのを、まともに受け取ってはくれない。「裏返しの強気」と思われるだけだ。だいたい「変な人」として落ち着いたけど。

 考えるに「障がい者」=「可哀相な人」という観念があり、不憫な人という前提が、顔を合わす度に変わらないのが分かる。僕は「障がい者は幸福」と言い続けてきたし、その表現をしてきたつもりだった、なかなか健常者の「常識の壁」は厚かった。「同情」されるわ、「手を貸そうとする」ってことね。皆さん善意だから断りようがない。二重に不自由となってしまう。

 死病にかかると、もっと強烈な「善意」の人が現れる。「宗教の勧誘」だ。自分が宗教で病気が治ったと語り始めたりする。この「善意」を跳ね返すのは大変だ。

 山下君の受賞記念に、なぜこんな暗い事を書くかというと、山下君の小説作品には「発言できない人」「感想を持たない人」が書かれているからだ。僕に言わしたら「善意」を持たない人ね。こんな「善意の意識のない」、僕流に言うと「単に親切は人」は多いし、普通はそのように生きている。だが「善意を持つのは良い事」と思う人がいるのは否めない。これが迷惑なのだ。僕は何度も道路で転んだことがあるが、例外なく、通行人は咄嗟に助け起こしてくれる。善意は意識的ではないのだ。

 既成小説の登場人物の多くは意識的なのだ。「愛している」という情動すら意識的に書かれている。

 山下君の受賞作「しんせかい」では主人公が失神するシーンがあるが、風景が倒れていくだけの描写だ。意識がなくなるのだから「思うことはくだらない」のだ。

 そんな「意識のない」世界の捉え方が、僕の自分がした体験のようだと思った。皆さんもそうでしょう。子供の頃、飼っていた犬が死んでいたのを見つけた時、家族が泣いたから僕も泣いたのであって、悲しかったのではない。

 そんな思いから、既成の役者を排除して、通りすがりの素人の人と芝居を創ってきた。そんな芝居の作り方に山下君が興味を示してくれて、「雄三WS」に助力してくれるようになった。

 むろん僕は山下君が芥川賞を取ってくれるのは嬉しいし、参加者の励みになる。が、実を言うと、「芥川賞そのもの」に大した興味はない。

 「ニコニコ動画」をセットしてくれたブッチーさんの喜びを見ながら、僕は受賞した山下君が「おめでとう」を言われ続けているここ数日を思い同情していたのだ。善意の「おめでとう」は拒否できないだろう。礼儀作法で「おめでとう」を言われるとしたら、僕には拷問のようだと思う。

 こんな思いがスカッと晴れたのは、山下君の「受賞記者会見」だった。記者たちは明らかに定番の質問をする。「受賞を聞いた時の心境は?」とか「作風が変わったと審査員の感想がありましたが、それについて?」などなろ。誠実に答えながら「感想はない」という持論で、短く答えていた。

 明らかに記者たちは作品に興味はないのだ。倉本聰の質問に至っては、本文の中では「先生」としか扱われていないのに、記者たちは多分筋書きだけを読んだのだろう、「倉本聰の質問」を重ねていた。作品とはほぼ関係ないのだ。これが新聞の見出しになるのだろうと僕は思った。

 興味のない質問というか、問いかけに、山下君は苦笑を交えながら、ちゃんと答えていた。

 食べ物番組で「おいしい」と言わされるのが当り前になったマスコミ業界があり、それが浸透し礼儀となった現代の中で、「記者たちの意向」も分かるが、「自分の実感を伝えたい」のバランスがとても良くて、好感が持てるものだったと思う。僕はただただ見とれていた。

 山下君の好感度から、一人でも多くの人が、受賞作「しんせかい」を買って下さると嬉しい。

 山下さんの作品を読んで「これなら書ける」と思ったかどうかわかりませんが、「雄三WS」の参加者の何人もが小説を書いています。「書いてみようかな?」のハードルは高いと思われがちだが、自分を「書く側」に入れないからと僕は思っている。「書いてみようかな」と思いさえすれば、案外簡単に「書き続けられる」かもしれません。「雄三WS」は素人の人たちが「4日の稽古で芝居を創る」というものです。面白くて続けている人は少なくない。小説もWS参加者の石田香織さんが書いた小説が、3月には商業出版されるという。書店に並ぶという事だ。

 山下さんの受賞を記念に、これを読んだ皆さまも、「創作」に野次馬根性を出しましょうよ。

 山下君を受難のキリストのように僕が思っている分かった。偏見に過ぎないだろうけど、しみじみと嬉しくなった。

| - | 03:38 | comments(0) | - |
「雄三WSのメンバーが一人芝居を上演しました」

 富山の「雄三WS」の常連であるユウキさんが「一人芝居」を上演して、その映像を見た。それについての感想を書こうと思う。

「一人芝居」は出演する役者が、作品の責任を持つという形になっている。この場合いうなら、女優であるユウキさんが何を表現したかったかを問題にしたい。無論、僕の偏見と思い込みだが。

 簡単にいうなら、二人の登場人物が出てくる。「私」と「トミ子」だ。この二人は姉妹として育ったと「私」が言うほど「一心同体」である。が、3年前に「トミ子」は結婚して都会で暮らしているようだ。もはや「私」には音信もない。「私」は働きもしないで、結婚をせず、親の仕送りで暮らしている。

 仕事を失った「トミ子夫妻」が、「私の住む故郷」に帰ってくるところから芝居が始まる。「トミ子」は職探しをしなければならない。働いている「トミ子」と「私」は「生き方」についての議論になる。「生活の為に金は必要」というトミ子と「生活の為だけに働くのは嫌」という「私」で、意見で対立するが、これは「別人の意見」ではないのだ。現代人の多くの女性が抱えている共通の問題と言える。

 これを上演しようと思ったユウキさんは、根っこが同じ女性二人の空しい対立を描こうとしたような気がしてならなかった。僕はこの点を「面白い」と思ったのだ。一人芝居だから、この二人を演じ分けねばならないのだが、ユウキさんの演技には「演じ分けること」に力点がないのだ。むしろ逆に、観客が混乱するぐらい、どっちがとっちか分からない。劇場で見た観客には評判が悪かったろうと思った。が、ユウキさんは確信犯であって、演じ分けるのはどうでも良いのだろう。

 この芝居の題名が、夏目漱石の「それから」であるから、有名な作品の焼き直しであるのは間違いない。が、漱石の「それから」の主人公は男性であり、男世界の話で、主人公の「代助」が親友「平岡」の妻「三千代」を奪い取る話だ。

 この原作と一番違うのは、主人公の「代助」が、「私」という女性になっている点なのだ。あきらかにこの芝居を上演したユウキさんは、「生きる手ごたえ」が欲しいのは女性としたのだ。

 実家の父親は「働くのが嫌なら、働かんでもいい。お金はやる。結婚して子供を産め」と言う。その理由が振るっている「そうしないと暇だろう」だって。今の世の「ボランチア」の流行り方や「町おこし」を支えているのは「結婚しない女性」だろう。誤解が起こるから付け加えるが、そんな空気になっていると言う事ね。

 だからユウキさんの「それから」は現代劇なのだ。もっと言うなら、描かれているのは「結婚してもしなくても泥沼」であり、「働いても働かなくても泥沼」というのは、今の30代女性にとっては実感があるのではないかと思う。

 原作の「それから」のストーリーを借りて、親友の夫と愛を誓う場面をクライマックスにしているが、ユウキさんの芝居では取って付けたようになっている。

 一般観客には、「情けない幕切れ」と映るだろうが、致し方がないのだ。「生き方の泥沼」を感じているユウキさんは「一人芝居をする事」が、泥沼からの脱出なのだから、立派なクライマックスとと僕は思う。

 一般観客には「何が何だか分からない」詰まらない芝居にしかならないだろうから、僕が無理して褒めているように思えるだろうが、それは違う。

 舞台を演じたユウキさんは堂々としていた。これだけ詰まらないと思える舞台に立つのは「気が引ける」のが役者だ。簡単にいうと「他人の劇団」だと、こうは堂々とできないのを僕は知っている。ふざけけて面白くしようとしたり、見せ場を作りたくなるだろう。「面白くない芝居」を堂々と「面白くなく演じた」と言う点に崇高さがあると思う。

 多分、何人もの友人たちが、この芝居の成立に力を貸してくれたろうと思う。その人たちの「真面目な気持ち」に対して、僕はこの文章を書きたいと思ったのだ。何の利益がなくともユウキさんに「力を貸そう」と思った無根拠こそが「人の繋がり」だと思う。

 演出や見せ方の欠点はいろいろあるし、その直し方はプロである雄三が助言するのは簡単だし、ぐっと良くなるだろうが、そんな事をしても、互いに空しくなるだけだ。「詰まらない芝居」だからこそ、回数を重ねれば飛躍的に上達するし、独自の工夫も見つかるでしょう。大事なのは「この指止まれ」が「個人」であることなのだ。これを僕は「創作の原点」と思う。

 おためごかしで言っているのではなく、本当に起こるのだから。芥川賞の候補になっている作家山下澄人君は、20年前に僕のところに稽古に来ていた。山下君は奇特な人で「書くのを薦めたのは雄三さんだ」と、ブログに書いてくれている。「すぐ書け」と、山下君に紙と鉛筆を投げたんだって。僕は忘れていたが、鉛筆を投げるのは、いかにも雄三らしい。

 山下君が芥川賞をもらえると僕はうれしい。それはどんな理由でもいいから、皆さんに「創作して欲しい」からです。ユウキさんのこの「一人芝居」の上演も、僕の「山下君の芥川賞候補の自慢話」が、きっかけの一つになってくれていたとしたら嬉しい。富山で介護の仕事をしているユウキさんが、作家の山下君と繋がっていると思えればやる気が出んじゃないかな。「元気が出るもの」を総動員しても「演劇を続けるのは難しい」のです。始めてしまったユウキさんを、続けられるよう、外野席の僕らは出来る範囲で助力しましょうよ。

 

| - | 05:57 | comments(0) | - |
「一人芝居を創る」について

 楽ちん堂に稽古に来ているナツメさんが「一人芝居」を書いてきた。ナツメさんには幼子がいて介護の仕事をしているから、大変に忙しい。週に一度の稽古に来るのも容易ではない、だろう。だから彼女が考えた方法が「一人芝居」だ。これだと空いた時間に、台本を書いたり自主稽古が出来ると考えたのだろう。なんとか「自分しかできない創作」に拘るのもよく分かる。

 昨日、20分ぐらいの長さの台詞を書いてきたのだが、面白い面白くないというより、よく書いたと思う。ちゃんと喋り言葉になっていて、読み上げる時に「相手に話し掛けていた」のだ。それより凄いのは、読み上げる20分の間、テンションというか、緊張感が一定していた。「姑の悪口」を言うのだが、その恨みが「深く・長く」持続されているということだ。多分、ナツメさん本人の思いと重なる部分があるのだろう。だからリアリテーはあるという事だ。

 芝居に立ち上げるのは「書き言葉と喋り言葉」のお手玉から始める。演劇は「書き言葉でまとめた日記帳」とは違うのだ。友達との「馬鹿喋り」でもない。第三者が共感を得るものににしなければならない。共感というのは「客が笑う事」でもある。「唯一の登場人物」である役者が滑稽にならなければならない。あたかも「相手がいるよう」見放さなければならない。観客から見えるのは「ひとり」だが、登場人物は「相手役がいる」と思い込んでいる。認知症の老人が「一人なのに話し掛けている」というのは、痛ましくもある」が、「幸せそう」に見えなくもない。僕の母親は晩年「人形」によく話しかけて満足そうだった。

 ナツメさんの場合、「怒りや恨み」が「場違い」「お門違い」になる必要がある。観ている観客が「笑う」という意味は、「怒りの掃き出し場所」が他にない、ということだ。言うならば「滑稽なほど孤独である」ということだ。

 そうすれば、観客は主人公に同情するとともに、その痛ましさに打たれる。この優しさの表現は、見る人にとっては「笑い」であるのだ。日常では味わえない「複雑な感情」こそが、ライブの醍醐味といえる。観客は「滑稽と悲惨」の感情を同時に感じるというのかな。予期せぬ感情に観客が「自分が飲み込まれる」からこそ「感動」なのであって、「雄三WS」が目指しているのは「感動の塗り絵」ではない。

 「そういうのをどうやって書いたらいいんですか?」とナツメさん。これまでは「ただ書きゃいいんだよ」と答えていた僕だが、「この稽古場にあるものの中で、何を書こうと思う?」と聞いたら、ナツメさんは「キヨコさん」と答えた。皆に食事を出し終えた連れ合いのキヨコが、皆とテーブルを囲んで話していたのだ。ナツメさんはキヨコの話を聞いていたのだろう。

「そりゃ駄目だね」と僕。「キヨコの事を書こうとすると、ナツメさんの筆が止まると思うよ」。

 僕が言った趣旨をまとめると、「書き続けられるもの」が「興味があるもの」と一旦決めるということだ。分かりやすく説明すると「好きな人」に思いがあるなら、その人のことが口を突いて出る。逆に「その人について言う事がない」なら「興味がない」ということね。「好きだけど喋れない」はありえない。その人を思っても「脳が回らない」なら、好きではないということね。

 だから「書き続けられる事柄」を「興味がある」にしようではないか。「自分の事しか喋れない」のは「自分しか興味がない」と僕はしている。

 こう書くと分かると思うが、ほとんどの時間、我々は「自分にしか興味がない」という事が出来る。あるいは「阪神タイガース」や「サッカー」のようなスポーツ。あるいは「遊園地などの娯楽施設」、あと「グルメ」や「オシャレ」などの商業主義を「自分の興味」としている。これが生活であり、僕は非難しているわけではない。僕もそんな生活をしている。

 がたまには「自分が興味を持っているもの」を探ってみるのも悪くないだろうと思う。できるだけ「個的な興味」というのかな。その発見を僕は「創作」と名付けている。「創作行為」を行うと「周りの人が別人に思える」というのはよく起こる。「雄三WS」の体験者なら分かるはずだ。

 日経新聞主催の「雄三WS」では、未だに新年会とか忘年会を行っているとか。5年前に一週間だけ付き合い、芝居をしたに過ぎないのにだ。彼らは日常の付き合いは全くないのに、節目に集まるっているから、不思議と言えば不思議でしょう。

 一人芝居の書き方に戻ると、「書いてみればいいだけ」で、「すぐに書けなくなる」のが大事なのだ。これを行うと、例えば「トタン屋根」について、「ちびた鉛筆」より長く書けるかもしれない。その時ん「もしかしたら自分は『トタン屋根』に興味があった」と思えるかもしれないのだ。

 小説家保坂和志さんは「カンバセイション・ピース」で、猫の描写を何十ページにも渡って書いている。好き嫌いを別にして保坂さんは「猫に興味がある」のが分かる。というより圧倒される。自分でも「猫好きな人たち」に好意的になったのが分かる。フェイスブックに猫の写真を載せる知り合いは、何の他意もなく「我が猫」が好きなのだろう。うざく思っていた「猫好きな人たち」が愛おしくならる。保坂さんの小説で、僕の「ものの見方」が変わったということだ。得した気分になる。

 だから、芝居でも小説でもいいが、書くことは得することと僕は思っているし、そう言いたいのだ。自分が「こんなことに興味があったのか」と驚く為には「書いてみる」のが一番いいと思っている。

 僕は「自分という牢屋から出よう」と名付けて40年になる。

 

| - | 15:05 | comments(0) | - |
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+ 森田雄三プロフィール
1946年・・・石川県白山市に生まれる。 2006年・・・兵庫県高砂市の教師とワークショップで芝居を作る。 スイス国立演劇学校(HMT)の教授となる。           ワークショップに関する本が何冊も出版される。           ワークショップに参加した人達、通称:「森田雄三チルドレン」が、ソーシャルネットワーキングサイト「mixi」(ミクシィ)でも多数存在し、ワークショップでの出来事・森田が話した内容「雄三トーク集」なるコメントがされている。 イッセー尾形の演出家。
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