イッセー尾形の字の部分 演出家森田雄三 語録ブログ
森田雄三語録ブログ
「心が揺れる」という演技法

 カフェのお客さんに、ユーチューブで「我々の稽古の映像で見た」と言われた。「皆さん、出ている方が自然ですね」と誉められた。嬉しくなった僕は、この「自然に見える演技法」が、僕の演出で一番難しい所だと言いたかった。この新しい演技法は一般の人にはなかなか分かってもらえないし、演劇人には既成の演技法との違いは理解できないと思う。これは「素人と芝居創り」の試行錯誤で発見した方法だ。出来るようになると、あまりに何でもないから本人にも実感がないし、僕が説明すると理屈っぽくなって、聞き手が逃げてしまう。というわけで「自分一人の大発見」と自負して自分を励ましてきた。

 今日テレビのワイドショーで「女優の高畑淳子」さんを見ていたら、説明できるかなと思い、ここに書いてみることにした。

 女優の「高畑淳子」さんが「息子の不祥事」の記者会見の映像を見た方はお分かりでしょうが、彼女は無表情で、感情を露わすまいとして、TVカメラの前に立っていた。ポツリポツリと喋るが、その間に長い沈黙があったりした。彼女のドラマでの芝居では露骨に感情を表す。いうならば「泣く・笑う・怒る」を演技にちりばめる。

 高畑純子という女優さんは、TVカメラの前で「二つの表現法」を行ったことになる。一つは「記者会見の無表情」であり、もう一つは「ドラマの感情表現」だ。無論彼女は「ドラマの感情表現」を演技と思っているだろう。が、僕は「素(ス)」と呼ばれる「無表情」に魅かれる。我々は「彼女の頭の中」を想像しながら見ているのではなかろうか。「悲しくなった」とか「プライドが傷ついた」「どう答えようか迷っている」などなどの表現しない事が手に取るようにわかる。僕じゃなくても「彼女に魅入る」と思う。

 「雄三WS」では、この「素」を基本に、演技を組み立てるのです。案外これを指示するのは難しい。喜劇人の「小松政夫」さんに「何もしないで座っていてください」というと、小松さんは不服そうではあったが「森田さんがおっしゃるなら」と、黙って座っていてくれた。「駄目ですよ演技しちゃ」と僕が苛立つと、小松さんは少しムッとしたらしく「何もしていませんよ!」と気色ばんだ。すかざず僕が「何もしないという芝居をしているじゃないですか」。そう言われた小松さんは口をあんぐり開けて呆れていた。

 僕が言いたかったのは「頭が真っ白」な状態を演技して欲しかったのだ。高畑淳子さんの記者会見でいうなら、ぽっかりできた沈黙の状態というのかな。思考が停止している感じかな。

 小松政夫さんの実名を出したのは、お笑いからシリアスドラマ、バラエティーなどのあらゆるジャンルで成果を上げた芸能人にも「頭が真っ白」の演技法がなかったってことだ。必ず人間の状態をコントロールした結果で見せようとする。人間の感情を「分かりやすく」取り出して、それを見せようとする。

 高畑淳子さんの例でいうと、「息子のちょっとした不祥事」で、あんなに真剣になるのに、テレビドラマだと「子供が殺されても」さめざめと泣くようなパターンの演技で終わるのも珍しくない。まぁーいうならば、「演技と現実は違う」ということだろう。だからテレビ局はドラマより「芸能人の不祥事」を、大々的に繰り返し流すのは視聴率がいいからと思いたくなる。

 そうではなくて視聴者は「よりリアルな人間」を見たいと思っていると僕は考えている。じゃないと視聴者は「川に溺れた犬に石を投げる」のが好きとなってしまう。そんなに芸能人の不祥事が好きなのか、となってしまう。そんな訳はない、僕だって「高畑淳子さんを『さらし者』にしなくていいのにと思いながら、その放映を見ている。視聴者は「嘘々しくない人間を見たい」と思っているのではなかろうか。人間の真摯なところというのかな。記者会見でふざけたり、嘘々しい態度を取ると袋叩きに合うのは「舛添元知事」や「大泣きした野々村議員」の例を出せば分かるだろう。

 切羽詰まった「人間を見せる」というのが「演劇の役割」と僕は信じている。劇場という空間では、「人をジロジロ見る」や「その人の頭の中想像する」のが許されるのです。芸能人や政治家が、ちょっとした不祥事で「血祭り」になるのは、いくらなんでも野蛮でしょう。僕らはそんな「野蛮」を求めているわけじゃない。

 「雄三WS」の演技法は「見られることに耐える」の、この一点をクリアーすれば誰にでもできるのです。「見られると緊張する」のは当たり前のことだが、「それは自分をより良く見せたい」の願望なのです。それと自分に対する「過剰な卑下」もある。コインの裏返しのようなものだ。その人の価値や「どんな人か」を決めるのは他人の目線であって、自分ではないのです。というより「自分は大したものじゃない」に決まっているではないですか。

 それさえ認めれば「ハッタリ」や「大ほら」「大嘘」もユーモアーになる。だって本当じゃないのだから。いうならば自分で自分をおもちゃにするってことね。道徳家」は詰まらないが「嘘つき」は面白い。単純な事だ。

 「心が動く人」は魅力的だ。芝居の作り手としては「心が動く演技法」を編み出さねばならないのだ。「

 

| - | 06:19 | comments(0) | - |
我々の「クラウドファンディング」は達成しました。

 人生の折々って面白いと思うが、皆様にお願いした「クラウドファンディング」が達成までカウントダウン気分になっていた。それを知っているらしき常連客や、その知り合いで「楽ちん堂カフェ」は満員。結構な事だと思われるでしょうが、十数人の子供が集まってくるという事です。無論そのお母さんたち十名ばかり。その上、夏休みの近所の小中学生も顔を出すから、家の前の道路はちょっとした子供遊園地のようになる。あまりのウルササに、近所の人が交番に通報したらしい。そのお巡りさんに清子が事情を聴かれている時に「クラウドファンディング」が達成した。スマホを見ていた常連客が、ブロックサインで清子に合図を送っていた。ちょっとしたざわめきが起こる。お巡りさんと清子を取り囲んでいた幼児たちは、分からぬまま嬌声を上げる。そんな中「クラウドファンディングの達成」を喜ぶ祝いの電話が何本も入った。5歳児がお巡りさんに「警察の人になる練習するの?」と聞いている。「お巡りさんになりたいの?」の問いかけに、5歳児は「なりたくなぁーい」と答えていた。

 スタッフのユウジが「キレて休んでいた」のに出勤したから、我々は「ユウジの事」でミーテングをしていたのだ。ユウジは「真面目に生きるまい」と決心している次男の友達で、中学生の頃から我々の所に出入りしている。「ワルになろう」としているのだが、彼の兄はシンナーか覚せい剤かなんか知らないけど、そこ後遺症で部屋に籠って時々親に暴力を振るっているらしい。ユウジは定期的に「ちゃんと働こう」とするのだが、そのリバウンドで「肺に穴が開く」か「失踪」する。板前で働いていたのだが「金融取引の罠(わな)」に嵌められて、「深夜の工場労働」で身売りのように使われたらしい。経理のプロのブッチーさんは「あくどい取引」をいろいろ見ているから、「あれにハマったら抜けられないシステム」と、忠告してくれたが、現実に「知り合いが落ちていく」のを目の当たりにし、そして「福島原発の後片付け」の仕事にでも行かされたら、笑い事では済まない。

 ユウジは根が生真面目だから「花火の日に儲けるぞ」と皆を仕切りながら張り切っていたが、花火の日の午前中は集中豪雨。それでも花火は行われたが、片づけが終わった後ユウジは「大泣きした」らしい。次の日に尾辻が「本当は休みだったんだけど」と言いながら、何十食もの弁当を作っていた。ユウジは電話もメールも無視していて「あいつ消えやがった」と尾辻は手を動かしていた。 

 ユウジと尾辻も十数年来の付き合いだから、姉と弟のようなものだろ。尾辻はユウジの面倒を見て、ユウジは引きこもりの実兄の面倒を見るという図式になるのではないかな。

 常連客の幼児が何の考えもなく「お巡りさんになりたくなぁーい」と答えたように、多分「制服で働く」に嫌悪感があるのだろう。「自由を奪われるのは嫌」と体に染み込んでいるのだろう。これは将来、フリーターやハケンで働くという事だ。この先、そんな若者がどんどん増えてくるだろう。彼らは「低賃金」や「やりたくない仕事」で苦しむのは致し方がない。

「金銭的な希望」はないだろうからこそ「あくどい儲けの罠」が待っているのだ。ユウジがハメたのは、似たような境遇の中学の同窓生らしい。「自分がハメめられた」から、そな借金の返済で「友達をハメるよう強制される」のだ。一攫千金の「束の間の夢」を与える仕事というのかな。

 ユウジは三十歳にして、社会の裏側の体験をしている。多分、ユウジの兄はそんな罠に「とことん追い詰められ」て「廃人」のようになったのだろう。二人合わせれば「抜け出せない今の世」を嫌と言うほど味わったに違いない。そしてそれがどんなに苦しいことかも骨身にしみている。自分は「消えるしかない」と考え込むと思うのだろう。尾辻は「草になりたい」と言っていたから、そんな時代の空気ってあるのだろう。

 ユウジのプライベートな事をここに書くのも、ユウジはもう「悩みを抱える時期」は過ぎたと思うからだ。「罠の手先」になるのではなく、「罠の実態」を喜劇として捉えて欲しいと思っているからだ。「みんな一度はハマるよ、アハハハ」となればいい。そんな芝居か小説を創る。これはユウジにか創れない。

 今度の「クラウドファンディング」で僕が学んだのは「金がない」を正直に訴えれば、皆が寄付してくれるということだ。寄付はしてくれなくても賛同して味方してくれるということだ。「お金のこと」となると、「自力で何としよう」とするのが世の常であり、土壌のようなものだろう。だから「金がないと恥ずかしい」のであり、「知り合いに借金する」のに気後れするのだ。結果「サラ金」が大金持ちになったに過ぎない。これからは国家が「兵隊となる人」を借金で作りだすだろう。

 今日「クラウドファンディング」が達成して、その時に祝ってくれた常連客や、うちのブログなどなどをシェアーしてくれた、見知らぬ人たちのオーラを僕は感じるのです。達成した時に、ユウジが居たのも「神の意向」かと思ったくらいです。皆様のご厚意で「ユウジと言う三十歳の男の人生が立ち直る」かもしれないし、皆様の後押しで「ユウジを見守る」決心が、これを書いていて僕には湧きました。「ちらとでもユウジと縁切りしようとは思うまい」ということです。「金がないことは恥ずかしいことではない」ということであり、金持ちになるより「共に偶然の知り合い」として助け合おうということだ。

 僕は「クラウドファンディング」を当初は馬鹿にしていたし、「俺の力」で皆を楽にさせるぞと思っていたが、僕のように「秀でた人間になる」というのが、底辺労働者を作り、国家が目論んだ戦争への道だったと気が付いた。昭和の人間はロクなものではないのは確かだが、「サラ金」がなかったから、分相応に生きられたといえる。若いのを捕まえて「説教して」気が済んだということだ。

 僕の「クラウドファンディング」の体験は大きかったという訳の分からない文章ですが、僕は「自分を立て直す勇気が湧いた」と言う事です。皆様どうもありがとうございました。70歳にして、記念すべき日になりました。「お巡りさんにならない」と答えたのはツムツムだったけど、僕の考えのヒントになりました。ありがとう。

 

 

| - | 05:10 | comments(0) | - |
クラウドファンディングについて

 皆様の陰で、うちの「クラウドファンディング」が、もうあと一歩まで漕ぎつけました。目標150万円に対して120万円のお金が集まったのだから、凄いと思う。やらせではなく達成できそうだ。足りない分をブッチーが「僕が足します」と気をもんでくれた、いうならば身内の助けを借りて達成できそうだが、もうひと踏ん張り。発案者である尾辻は達成したら「泣いちゃうだろう」と自分で言っていた。

 僕は尾辻が書いてくれたフェイスブックの宣伝を何度も読んで涙ぐんでいる。「そう思ってうちで働いていたのか」と、改めて言葉にされると嬉しい。3歳ぐらいに初めてうちに来た頃、ポテトチップスを押し入れに隠れて食べていたのを、尾辻の文章で思い出した。その後の30年の付き合い。挫折してはうちに来ていた。理由も聞かなかったし、説教もしなかったから、僕は忘れていたことがほとんどだ。アトピーで苦しんでいる思春期の彼女を「セックスすればアトピーは治るからな」と、からかって嫌われたのは覚えている。長男の善之介は彼女の事を「血のつながりのない妹」とフェイスブックで紹介している。

 この長男が、「クラウドファンディングの宣伝」で我々両親の活動を「認めてくれた」というか「言葉にしてくれた」のもとても嬉しい。息子だから一番よく両親の生き方を知っているのだが、イッセーさんとの活動を休眠した時に「持ち金を大事に使え」と言い合いになったりした。「お前ら子供たちに金を残す気はないし、世話になる気もない」と僕が興奮すると、長男は悲しそうな目で見ていたのを覚えている。

 息子との言い合いは何度も繰り返された経緯があり、身内として「両親が無理している」のを目の当たりにしていたから、今度息子が「クラウドファンディング」の宣伝で、「我々両親」のことを文章化してくれたのが嬉しい。死体となった僕が「お棺の中」で弔辞を聞いているように感無量だった。これまで生きた自分の人生を「手放しで誉められている」ようで、死ぬのも悪くないと思ったが、本当に死んだら「弔辞」は聞けない。

ちょうど一年前の今頃だったが、次男の十八が我々の事業の「金策」に疲れて、我々の前で泣き出して「父ちゃんは俺の苦労が分かっていない」と言う。「そんなもの分かるもんかい」と、僕が例の如くニヤニヤ笑いで馬鹿にしたら、僕に掴みかかってきた。僕に馬乗りになったが、蹴り返そうにも僕には片足しかない。

 息子と掴み合いの喧嘩をするなんて初めてで、その時思ったのは「ちゃんと子供の相手をしなきゃ」って事だった。次男が2年半の長野でのサラリーマン生活に挫折して帰って来た時に、貯めた200万の金を僕の所に持ってきた。「そんな金、いらないよ」と、これもニヤニヤ笑いで馬鹿にした。僕は「そんな親なのです」

 だから、掴みかかってきた息子の相手をしなきゃと、指を噛んだ。それも「ちゃんと相手してやってるぞ」と示す為に「強く」噛んだ。

 両者とも馬鹿馬鹿しい取っ組み合いだと分かっているから、突然、喧嘩は終わった。で、「何で俺は掴みかかったんだっけ?」と息子が聞くから、僕が「お前の苦労なんか分かるもんかって馬鹿にしたからだよ」と答えた。そしたら十八が「雄三のいつもの言い方が分からなくなっているのか、オレ」と下を向いた。可哀想にと思っていたら、血が流れている指を示して「痛てえーんだよ。指が折れてるかもしれないな」だって。

 アバンギャルズの石田が長男のフェイスブックに書き込んでくれた。シエァーしようとしたら出来なかったので、自分のフェイスブックに書くようお願いしたら、長文の「楽ちん堂や森田オフィス」との関わりを書いてくれた。石田と電話で話している時に思い付いたのだが、我々は「センセーズの中西さん」のマンションを無償で使わしてもらっている。この中西さんの好意も我々が行っている「楽ちん堂の活動」と同じなのではないかと思った。

 直接顔を合わせつと「ありがとう」と通り一遍になってしまうが、僕がクラウドファンディングで気づいたのは、外側の人に「こんなことをしてもらっています」で「自分はこんな恩恵に預かっています」の表現だったと言う事だ。だから石田と僕は「中西さん」の事も書こうよ、となった。

 フェイスブックの石田歌織を検索してください。石田は小説を書いていて、いくつかの新人賞に応募している。必ずや近いうちに日の目を見ると僕は信じている。だって「他人の為に書く」のが小説だもの。

 松尾も小説を書いていて、我々の出版社で本にした。20年の付き合いのある僕は「松尾が斜に構えている人」というのはよく分かっていた。その松尾から電話があり「俺の本、早く印刷して欲しいんだけど」とのこと。この本は公営バスの運転手である松尾が同僚の話を取材してまとめた物だ。その同僚が「癌で入院」したから早く読ませたいとのことだった。そりゃー、何十年も地道にバスの運転手をしていたら、一生に一度は物語の主人公として他人に取り上げられたいよね。そんな事を十分に分かっていて、松尾もこのままバスの運転手として生涯を終えるのかも、と思ったからこそ小説を書いたに違いない。なんとしても死にかけている同僚に読ませたいと思ったに決まっている。

「創作」は「自分の為にする」のではなく「周りの誰かの為」に行うものなのです。

 こんな「愛」といえる行為を教わったのは小説家の山下澄人君からです。彼は10年前に、うちの稽古場に来ていた。僕は忘れていたが「ものを書け!」と薦めたのが僕だって。覚えてくれているだけでも嬉しいが、それを口外してくれる人に会ったのは初めてだった。僕が演出家として「何をしているか」は他人に説明できないのだろうなと思っていた。山下澄人君の出現で、僕も「自分がこんなことしていたのか」と気が付いた。分かってくれる人がいるから、自分の事に気が付ける。言葉にすると理屈になるから、言葉は厄介だ。

 僕は長い間「観客が居なくても芝居をする」と、力んでいたが、今度の「クラウドファンディング」で「自分は一人じゃない」「手を差し伸べてくれる人がいる」「僕も愛が分かった」という実感が持てました。

 皆様ありがとうございました。まだ名簿を見ていないのでちゃんとお礼は申し上げられませんが、のちほど。

うちのクラウドファンディングをご存じない方は見てください。
https://readyfor.jp/projects/rakuchindo

これだけど、僕のパソコンの力量だとクリックしても飛ばない。

 

| - | 07:17 | comments(0) | - |
クラウドファンディングについて

 皆様の陰で、うちの「クラウドファンディング」が、もうあと一歩まで漕ぎつけました。目標150万円に対して120万円のお金が集まったのだから、凄いと思う。やらせではなく達成できそうだ。足りない分をブッチーが「僕が足します」と気をもんでくれた、いうならば身内の助けを借りて達成できそうだが、もうひと踏ん張り。発案者である尾辻は達成したら「泣いちゃうだろう」と自分で言っていた。

 僕は尾辻が書いてくれたフェイスブックの宣伝を何度も読んで涙ぐんでいる。「そう思ってうちで働いていたのか」が、改めて言葉にされると嬉しい。3歳ぐらいに初めてうちに来た頃、ポテトチップスを押し入れに隠れて食べていたのを、尾辻の文章で思い出した。その後の30年の付き合い。挫折してはうちに来ていた。理由も聞かなかったし、説教もしなかったから、僕は忘れていたことがほとんどだ。アトピーで苦しんでいる思春期の彼女を「セックスすればアトピーは治るからな」と、からかって嫌われたのは覚えている。長男の善之介は彼女の事を「血のつながりのない妹」とフェイスブックで紹介している。

 この長男が「クラウドファンディングの宣伝」で我々両親の活動を「認めてくれた」というか「言葉にしてくれた」のも、とても嬉しい。息子だから一番よく両親の生き方を知っているのだが、イッセーさんとの活動を休眠した時に「持ち金を大事に使え」と言い合いになったりした。「お前ら子供たちに金を残す気はないし、世話になる気もない」と僕が興奮すると、長男は悲しそうな目で見ていたのを覚えている。

 息子との言い合いは何度も繰り返された経緯があり、身内として「両親が無理している」のを目の当たりにしていたから、今度息子が「クラウドファンディング」の宣伝で、「我々両親」のことを文章化してくれたのが嬉しい。死体となった僕が「お棺の中」で弔辞を聞いているように感無量だった。これまで生きた自分の人生を「手放しで誉められている」ようで、死ぬのも悪くないと思ったが、本当に死んだら「弔辞」は聞けない。

 ちょうど一年前の今頃だったが、次男の十八が我々の事業の「金策」に疲れて、我々の前で泣き出して「父ちゃんは俺の苦労が分かっていない」と言う。「そんなもの分かるもんかい」と、僕が例の如くニヤニヤ笑いで馬鹿にしたら、僕に掴みかかってきた。僕に馬乗りになったが、蹴り返そうにも僕には片足しかない。

 息子と掴み合いの喧嘩をするなんて初めてで、その時思ったのは「ちゃんと子供の相手をしなきゃ」って事だった。次男が2年半の長野でのサラリーマン生活に挫折して帰って来た時に、貯めた200万の金を僕の所に持ってきた。「そんな金、いらないよ」と、これもニヤニヤ笑いで馬鹿にした。僕は「そんな親なのです」

 だから、掴みかかってきた息子の指を噛んだ。それも「ちゃんと相手してやってるぞ」と示す為に「強く」噛んだ。

 両者とも馬鹿馬鹿しい取っ組み合いだと分かっているから、突然、喧嘩は終わった。で、「何で俺は掴みかかったんだっけ?」と息子が聞くから、僕が「お前の苦労なんか分かるもんかって馬鹿にしたからだよ」と答えた。そしたら十八が「雄三のいつもの言い方が分からなくなっているのか、オレ」と下を向いた。可哀想にと思っていたら、血が流れている指を示して「痛てえーんだよ。指が折れてるかもしれないな」だって。

 アバンギャルズの石田が長男のフェイスブックに書き込んでくれた。シエァーしようとしたら出来なかったので、自分のフェイスブックに書くようお願いしたら、長文の「楽ちん堂や森田オフィス」との関わりを書いてくれた。石田と電話で話している時に思い付いたのだが、我々は「センセーズの中西さん」のマンションを無償で使わしてもらっている。この中西さんの好意も我々が行っている「楽ちん堂の活動」と同じなのではないかと思った。

 直接顔を合わせると「ありがとう」と通り一遍になってしまうが、僕がクラウドファンディングで気づいたのは、外側の人に「こんなことをしてもらっています」で「自分はこんな恩恵に預かっています」の表現だったと言う事だ。だから石田と僕は「中西さん」の事も書こうよ、となった。

 フェイスブックの石田歌織を検索してください。石田は小説を書いていて、いくつかの新人賞に応募している。必ずや近いうちに日の目を見ると僕は信じている。だって「他人の為に書く」のが小説だもの。

 松尾も小説を書いていて、我々の出版社で本にした。20年の付き合いのある僕は「松尾が斜に構えている人」というのはよく分かっていた。その松尾から電話があり「俺の本、早く印刷して欲しいんだけど」とのこと。この本は公営バスの運転手である松尾が同僚の話を取材してまとめた物だ。その同僚が「癌で入院」したから早く読ませたいとのことだった。そりゃー、何十年も地道にバスの運転手をしていたら、一生に一度は物語の主人公として他人に取り上げられたいよね。そんな事を十分に分かっていて、松尾もこのままバスの運転手として生涯を終えるのかも、と思ったからこそ小説を書いたに違いない。なんとしても死にかけている同僚に読ませたいと思ったに決まっている。

「創作」は「自分の為にする」のではなく「周りの誰かの為」に行うものなのです。

 こんな「愛」といえる行為を教わったのは小説家の山下澄人君からです。彼は10年前に、うちの稽古場に来ていた。僕は忘れていたが「ものを書け!」と薦めたのが僕だって。覚えてくれているだけでも嬉しいが、それを口外してくれる人に会ったのは初めてだった。僕が演出家として「何をしているか」は他人に説明できないのだろうなと思っていた。山下澄人君の出現で、僕も「自分がこんなことしていたのか」と気が付いた。分かってくれる人がいるから、自分の事に気が付ける。言葉にすると理屈になるから、言葉は厄介だ。

 僕は長い間「観客が居なくても芝居をする」と、力んでいたが、今度の「クラウドファンディング」で「自分は一人じゃない」「手を差し伸べてくれる人がいる」「僕も愛が分かった」という実感が持てました。

 皆様ありがとうございました。まだ名簿を見ていないのでちゃんとお礼は申し上げられませんが、のちほど。

 うちのクラウドファンディングをご存じない方は見てください。
https://readyfor.jp/projects/rakuchindo

 これだけど、僕のパソコンの力量だとクリックしても飛べばない。

 

| - | 07:02 | comments(0) | - |
思い込みや情報という知識は嘘が多い

 僕は「情報の嘘」というか「思い込みの嘘」を病院生活で目の当たりにした。例えば臨終の床にあると思われる患者。僕ら同室患者は「シロップ」と言っていたが、モルヒネの鎮痛剤が与えられると「一週間以内に死ぬ」と予測したものだ。が本人は痛みが消えるから元気になるらしい。が鎮痛剤の劇薬だから「自分がもうすぐ死ぬ」を知っていて、「情報・知識」と「実感」に自分が割れるのだ。

 病院から「近い臨終」のお知らせが行くのか、多くの見舞客が沈鬱な状態で現れる。身内はともかく、親類や親しき友は沈鬱な雰囲気を漂わせている。「知り合いが死ぬ」のだから、ドラマドラマなどで、そんな場面にふさわしいよう取るべき態度を決めている。ほとんど口は利かないし、喋っても小声で短い。

 一方の患者の方も、はるばる見舞いに来てくれた客に向かって「臨終」ぽい態度を取る。もうすぐ死にそうな「虫の息」を演じて見せるのだ。見事にドラマのような「臨終の床」の場面が出来上がる。

 どこの世界にも浮かれ物の道化師のような人が居るもので、「なぜ死ぬんだよぉー!」と、患者の手を握りながら号泣したりする。普通の人は、これを茶番とは思っていないのだろう。

 見舞客が帰ると、瀕死の病人を演じた患者は、やおら立ち上がり腕を回す体操のような事をした後、「瀕死」のヌイグルミを脱いで、スタスタと売店に新聞を買いに行ったりする。劇薬で「痛み」が止まったから、本人の体感的には「快方に向かっている」と感じるらしい。

 様々な同室患者の死ぬところに遭遇したが、総じて「本人は死ぬとは思っていない」のだろう。隣のベットの高山さんは、末期で自宅に一時帰宅していた。再入院で戻ってくると、骨と皮で骸骨のようになっていた。夜中に、吐き気で悶絶し出し、ナースコールで呼び出した看護師が当直医にいくら連絡を取っても医者はやってこない。苦しんだ高山さんは「このままじゃ死んじゃうじゃねぇーかよぉー」と叫んだ。やってきた当直医は、成すべき事はなにもなく、呆然と立っていた。あらゆる手を尽くした患者にすべきことはないもない。高山さんはどこかに運ばれて、二度と顔を見ることはなかった。

 田中さんもモルヒネを貰っていたが、外出許可を貰い「パチンコ」に行った。夕方暗い顔で戻ってきて「パチンコどうだった?」と聞いても返事もしなかった。パチンコの途中で気力が無くなり、寿司でも食べて帰って来たのだろ。この味気無さは手に取るように分かる。夜中、「しまった」と思ったのは、カーテンを回した田中さんのベットから「カリカリ」という音がした時だ。固いものを齧る音が聞こえてきた。僕は電気スタンドで本を読んでいたから、僕のカーテンが開けられると咄嗟に思った。案の定、すごい勢いでカーテンが開けられ、乱れた浴衣姿の田中さんが薄明りに立っていた。「これが食べられたんです」と、僕に大きな煎餅を示した。

 ほら、怪談であるじゃない。幽霊が墓をあばき、骨を齧り「見たなぁー」と振り向く話。子供の頃、この「見たなぁー」が怖かったのを覚えている。

 田中さんが煎餅を僕に示したので「見たなぁー」ではなく、「見てくれましたね」という事だと理解した。死期が迫った予感の田中さんは「固いものを齧る事」によって、自分は「まだ生きる」を証明したかったのだと、僕は一瞬にして納得した。その証明の為に、証人が必要で「見てくれましたね」となったのだろう。

 僕が病院で理解したのは誰しも「自分の死の実感は持てない」ということだ。だから「死の床」は真似をするしかないのだ。

 シェークスピアの凄い所は、「ハムレット」の臨終の言葉は「後は沈黙」となっている。「マクベス」は「俺は死なん」であるから、首が斬り落とされている。生首を掲げる事により、観念(情報)と肉体を切り離したのだ。ハムレットは「観念(情報)」を自ら断ち、「マクベス」は外側から断たれたということです。マクベスの情報というのは、妖怪婆の「予言」だったけども。

 身体障がい者になると、周りの親切に答えなければならない。「障がい者には親切にすべき」という情報を健常人は持っているというのは、こっちは「死の床の患者」のようなものだから「殊勝に瀕死」を装わなければならないということだ。「障がい者」を演じなければならないから、それが面倒臭い。

「あなたは俺が死ぬと思ってんの?」の態度を取ることに僕はしていた。「片足のない僕を、あなたは可哀想だと思ってんの?」と態度を取り続けている。

 3カ月前に脳梗塞で半身不随になったオギタさんが、病院から稽古に来ている。山下澄人さんの劇団の人で「うちの稽古場なら、半身不随の障がい者」を面白がってくれると思ったのだろう。僕は「障碍者に対する優しさのお仕着せ」を十分よく分かっているから、オギタさんのような新参の「障碍者」に対して、僕の「障がい者の人生経験」が生かせる。演出家としての力量の両方が役に立つと思っている。

 世界初の(単に半身不随のである)普通の役者になると面白いと思っている。何を根拠に「障がい者」が役者に成れないのか、と世間を挑発したい。身体障がい者は肉体の機能が壊れているだけであって、精神的なものが壊れているのではない。大々的な「不器用」と僕は捉えている。

「不器用」に「悩み」はないのだが、「障がい者」には「悩みがある」とするのは「情報の嘘」ではなかろうか。

 

 

| - | 23:21 | comments(0) | - |
思い込みや情報という知識は嘘が多い

 僕は「情報の嘘」というか「思い込みの嘘」を病院生活で目の当たりにした。例えば臨終の床にあると思われる患者。僕ら同室患者は「シロップ」と言っていたが、モルヒネの鎮痛剤が与えられると「一週間以内に死ぬ」と予測したものだ。が本人は痛みが消えるから元気になるらしい。が鎮痛の劇薬だから「自分がもうすぐ死ぬ」を知っていて、「情報・知識」と「実感」に自分が割れるのだ。

 病院から「まもなく臨終」のお知らせが行くのか、多くの見舞客が沈鬱な状態で現れる。身内はともかく、親類や友人は沈鬱な雰囲気を漂わせている。「知り合いが死ぬ」のだから、ドラマドラマなどで、そんな場面にふさわしいよう取るべき態度を決めている。ほとんど口は利かないし、喋っても小声で短い。だって言葉というのは「未来がある」という前提で発せられるからだ。「元気そうだね」とか「今度○○に行こうよ」というのは禁句ということだ。が、見舞客はすぐには帰らない。ある程度の時間を過ごさないと「最後の別れ」とはならないと思っているのだろう。

 一方の患者の方も、はるばる見舞いに来てくれた客に向かって「臨終」ぽい態度を取る。もうすぐ死にそうな「虫の息」を演じて見せるのだ。見事にドラマのような「臨終の床」の場面が出来上がる。

 どこの世界にも浮かれ物の道化師のような人が居るもので、「なぜ死ぬんだよぉー!」と、患者所手を握りながら号泣したりする。普通の人は、これを茶番とは思っていないのだろう。

 見舞客が帰ると、瀕死の病人を演じた患者は、やおら立ち上がり腕を回す体操のような事をした後、ヌイグルミを脱いだかのように、スタスタと売店に新聞を買いに行ったりする。劇薬で「痛み」が止まったから、本人の体感的には「快方に向かっている」と感じるらしい。

 様々な同室患者の死ぬところに遭遇したが、総じて「本人は死ぬとは思っていない」のだろう。隣のベットの高山さんは、末期で自宅に一時帰宅していた。再入院で戻ってくると、骨と皮で骸骨のようになっていた。夜中に、吐き気で悶絶し出し、ナースコールで呼び出した看護師が当直医にいくら連絡を取っても医者はやってこない。苦しんだ高山さんは「このままじゃ死んじゃうじゃねぇーかよぉー!」と叫んだ。やってきた当直医は、成すべき事はなにもなく、呆然と立っていた。死ぬ患者には手の施しようがない。医者が「あなたはすぐに死にます」とは言えないだろう。高山さんはどこかに運ばれて、二度と顔を見ることはなかった。

 田中さんもモルヒネを貰っていたが、外出許可を貰い「パチンコ」に行った。夕方暗い顔で戻ってきて「パチンコどうだった?」と聞いても返事もしなかった。パチンコの途中で気力が無くなり、寿司でも食べて帰って来たのだろ。この味気無さは手に取るように分かる。夜中、「しまった」と思ったのは、カーテンを回した田中さんのベットから「カリカリ」という音がした時だ。固いものを齧る音が聞こえてきた。僕は電気スタンドで本を読んでいたから、僕のカーテンが開けられると咄嗟に思った。案の定、すごい勢いでカーテンが開けられ、乱れた浴衣姿の田中さんが薄明りに立っていた。「これが食べられたんです」と、僕に大きな煎餅を示した。

 ほら、怪談であるじゃない。幽霊が墓をあばき、骨を齧り「見たなぁー」と振り向く話。この「見たなぁー」が怖かったのを覚えている。

 田中さんが煎餅を僕に示したので「見たなぁー」ではなく、「見てくれましたね」という事であるのを理解した。死期が迫った予感の田中さんは「固いものを齧る事」によって、自分は「まだ生きる」を証明したかったのだと、僕は一瞬にして理解した。その証明の為に、証人が必要で「見てくれましたね」となったのだろう。

 僕が病院で理解したのは誰しも「自分の死の実感は持てない」ということだ。だから「自分の臨終」は真似をするしかないのだ。

 シェークスピアの凄い所は、「ハムレット」の死の言葉は「後は沈黙」となっている。「マクベス」は「俺は死なん」であるから、首が斬り落とされている。生首を掲げる事により、観念(情報)と肉体を切り離したのだ。ハムレットは「観念(情報)」を自ら断ち、「マクベス」は外側から断たれたということです。マクベスの情報というのは、妖怪婆の「予言」だったけども。

 身体障がい者になると、周りの親切に答えなければならないから、往生する。「障がい者には親切にすべき」という情報を健常人は持っているというのは、「死の床の患者」のようなものだから「殊勝に瀕死」を装わなければならないように「障がい者」を演じなければならないから、それが面倒臭い。

「あなたは俺が死ぬと思ってんの?」の態度を取ることに僕はしていた。「片足のない僕を、あなたは可哀想だと思ってんの?」と態度を取り続けている。

 3カ月前に脳梗塞で半身不随になったオギタさんが、病院から稽古に来ている。山下澄人さんの劇団の人で「うちの稽古場なら、半身不随の障がい者」を面白がってくれると思ったのだろう。僕は「障がい者に対する優しさのお仕着せ」を十分よく分かっているのです。ですから、オギタさんのような新参の「障碍者」に対して、僕の「障がい者の人生経験」が生かせるし、演出家としての力量の両方が役に立つと思っている。

 世界初の(単に半身不随のである)役者になると面白いと思っている。何を根拠に「障がい者」が役者に成れないのか、と世間を挑発したい。身体障がい者は機能が壊れているだけであって、精神的なものが壊れているのではない。大々的な「不器用」と僕は捉えている。

「不器用」に「悩み」はないのだが、「障がい者」には「悩みがある」とするのは「情報の嘘」ではなかろうか。

 

 

| - | 23:02 | comments(0) | - |
「再びモリエールについて」

 年取ってから、400年前のモリエールの作品を読むと面白い。芝居に客が入ったのが分かる。だって多くの出演者が、芝居で飯を喰っていたからだ。今取り組んでいる「守銭奴」だけでも20名の役者が出ている。一か月の稽古をしただけで膨大な出演料となる。それに裏方さんのギャラを加えると、ただならぬ金額だ。

 僕は20歳代で、自分の芝居を公演した頃を思い出す。とにかく金がなかった。稽古の時も、稽古がない時も、バイトに明け暮れていた。後は借金。

 当然、モリエールの一座の人達も金が無かったろうと容易に想像がつく。だから貧乏な人達が「金持ち」を笑いものにするのが、芝居の骨子であるのは当然となる。観客も貧乏な人達なのだから、そんな客にウケるのは「金持ちに仕返しする」というストーリーなのだ。貧乏するというのは「あわよくば金持ちになりたい」という事なのだ。

 この簡単な原理が分からないと「モリエールは出来ない」と、僕は思う。これを逆に言うなら「金持ちになりたいが、成れない自分」を認めれば容易に芝居が創れる。

 理屈でいうと小難しくなるが、貧乏人は「生き生き」とし、金持ちは「不安が一杯」となればいいだけだ。いうならば「大阪のおばちゃん」が舞台に登場すればいいとなる。貧乏な役者たちが集まって「楽しく演じれば上出来」と言う事だ。

 神戸の新開地で定期的に「雄三WS」を行っていると、家がない労務者のような人が行きかっている。しょぼくれたオジさんが、知り合いを見つけると「また負けたんかいな!」と大声で叫ぶ。どうやらパチンコの話らしい。「勝てるもんかいな!」と、声を掛けられた側も大声を出す。こっちが「可哀想」や「関わりたくない」の色眼鏡を捨てると、実に生き生きしている。

 体験的にも思うが、金がないとエネルギーが湧くのは間違いない。生活が困窮するから、身体が動き、知恵が湧く。これは昔も今も変わらぬ全世界の原理ではなかろうか。

 不破くんという、世界選手権で2位を取って、オリンピック強化選手になった運動エリートが、引退後、役者になろうと思って、僕の稽古場に来ていた時期がある。

「毎日2000回の腹筋運動をしていました」というが、そんなのは無理に決まっている。一秒に一回やったって、2000回だと30分以上かかってしまう。彼は腹筋運動だけではなくて「腕立て伏せ」や「スワッチ」などなども、日々の日課としてやっていたというから、基礎体力の訓練だけで何時間もかかってしまう。僕がそういうと「腹筋運動」をして見せてくれた。そのスピードたるやもの凄い。鳥が羽ばたくような早さだった。中学生の頃から水泳連盟の強化選手となり合宿暮らしだったんだもの。

 で、彼は水泳を引退すると「水泳教室のコーチ」となった。息子が見に行ったら、子供の腹に手を添えてバチャバチャさせているだけだったとか。僕は不破君と知り合いになってからは、オリンピックを見ないようになった。アスリートと言われる人が痛ましいからだ。

 が、不破君は水の中の道化師となり、プール開きなどのイベントで人気者になったらしい。幸いな事に「ウオーターボォーイ」というテレビドラマが当たり、運転手付きのハイヤーで僕の病気見舞いに来てくれた。何が当たるか分からないということだ。多分「自分の人生って無駄だった」と実感するところからすべてが始まるのではなかろうか。

 僕は「欠点が魅力」とか「希望を持つな」と「雄三WS」で盛んに言っている。今度「モリエール」に接して、過去の偉人も同じ視点を持っていたのが分かった。モリエールも、その劇団の役者たちも「貧乏から抜け出せない」のを骨身に染みて知っていたのだろう。どうあがいても金持ちにはなれないということね。だから「貧乏の生き生きさ」を描いたのだ。

 「神戸WS」に毎回参加する、年配女性のグループが居る。雑談のお喋りが面白い。「亭主の悪口」で終始するのだが、それを舞台で繰り返さそうとすると委縮する。彼女たちが怒ればと思い、僕は挑発したのだが、雑談での「亭主の悪口」のような勢いは蘇らない。で、手を変えて「娘が未墾で妊娠した母親」の設定にしたら、素人のおばちゃんたちは、憎々しげに変身し「意地悪そのもの」を演じきった。「チャラチャラ透けるような服着て」とか、「ガ二股になるような靴を何族も買って」「ヘソを見せて」というような台詞がボンボン飛び出してくる・。

 年配のおばちゃんたちは、どうあがいても「若さ」は二度と戻ってこないのだ。派手な服を着たり、高価な光るアクセサリーを付けたところで、そこには「若さ」がない。だから「若さのある女性」を真から憎々しく思っているのだ。「恨み言葉」は湧水のように出てくる。

 リアリズムで演じると「妊娠した娘の心配をする」となりがちだが、「自分は欲求不満である」と、これも実感していれば「自分の泉」を発見できる。大抵の人は「幸福だ」と思って生きているのは分かるが、「欲求不満の視点」を持つと、喋って清々するという事だ。客も清々するのか高笑いをする。

 モリエールはリアリズム劇ではないから、「雄三WS」と目指すところは同じだ。このように僕が理解できたのは70歳になったからだろう。歳を取れば古典劇が理解できたといえる。

 ユーチューブで毎週の稽古の抜粋が見られるようになっています。モリエールに関係なく、面白いというか、伸び伸び演技していますので、見てください。「NPO法人ら・ら・ら」の「ささやかな稽古」で見られます。

 

| - | 03:26 | comments(0) | - |
「創作の孤独な作業」について

 日曜日の稽古に、シナリオライターの女性が参加していた。全体の稽古の終わりに感想を聞くと、「兄妹が激しくやり取りするシ−ン」について、「兄妹はあんなに喋らない」と言った。感想は様々でいいし「感想の批判」はするものではないと心得ているが、あまりの彼女の痛ましさに、僕はその感想に批判めいたこと事を口にした。

 我々は芝居を創っているから、「ちょっとでも面白い所」を見出そうとして集まっている。だから褒め合う事が多い。「内輪誉め」の非難は免れないが、稽古場の空気で「出来具合」を決定付ける傾向がある。

 が、シナリオライターは基本的に一人で芝居を創っているから、自分に厳しくならざるを得ない。自分に対する「駄目だ」が育つというのかな。「批判めいたこと」が先行するのは致し方がないのだ。僕は「職業病」と捉えている。

 これが「自分に向く」のであれば、自分に厳しくて結構となるのだが「自分に向かう」が、「周りに向く」傾向があるのが分かっている。「自分に厳しい」を通り越して「口やかましい」や「文句ばかり言う」となるのだ。「陰気で暗い」となりがちだ。それを覆い隠すために「過度の微笑み」が身に付く人も少なくない。

 僕は若い頃「芝居を書いていた」し、それを応募したこともある。徹夜で(昼間は寝るのだが)何日も原稿用紙に向かうと、「自分は駄目だ」が日増しに募ってくる。頭の中にある「有名戯曲」と「今書いた自分の原稿」を比べてしまうのだ。偉人の戯曲と、自分が書いた芝居を比べたら「落ち込むに決まっている」のだ。一旦「自分は駄目だ」と落ち込むと「その自己嫌悪」を持ち上げるにはだたならぬエネルギーが必要だ。これが辛い。

 気分的に言うなら「誉めて欲しくなる」のだが、「自分で駄作」と思っている物を「誉められる」と、これはこれで腹が立つ。「貶される」と「俺の苦労も知らんで」と正面から腹が立つのは言うまでもない。

 一人で籠って書くのは「精神衛生上よくない」と、僕はきっぱり執筆するのは止めた。翌日から建設業の労務者として、地下足袋仕事に就いた。周りから見ると生傷が絶えない「血と泥が混った仕事」だったが、何も考えずに「仕事の成果」が見えるのは「やる気」が起こった。言うならば「肉体の疲労」であって「頭脳の疲労」ではないと言う事ね。「昨晩書いた原稿を捨てる」という事から解放された。「肉体的な事」は案外辛くないのだ。日の出とともに働き、日が暮れると家に戻る。激しい雨だと仕事を中止する。自分の都合で仕事量を決めるのではないし、命令されるわけではない。お天道様が「働き具合」を決めてくれるのだ。

 そんな生活を10年続けて「癌」になり、肉体労働を辞めざるを得なくなり、身体障碍者の生活を送らざるを得なくなった。

 足を一本失うと、悔やんでも致し方がない。反省したり、悔い改めたりして「足が生えてくるもの」ならそうもしようが、「癌」は向こうからやってきたのだ。「取り返しのつかない事」って、自分の責任ではないし「天罰」のようなものと言う事で、「諦め」がつく。というより「諦める以外」に方法がないという事だ。

 「自己嫌悪」を抱えて「良い芝居」が創れるなら、「悔い改め」もしようが、そんな程度で「良い芝居」が創れるわけがない。

 だからそのシナリオライターの女性に、無理して「批判しなくていい」という「感想の駄目だし」をした。彼女も感想の途中で「皆の空気を感じて」か、「兄妹は自分の事を喋らないと思うが、それでも喋っているから、そこが面白かった」と結んだ。無理して「誉める側に回った」のは手に取るように分かった。

 批判精神を身に付けるというのは、理屈っぽく考えるなら良い事だろうが、職業病だという理解がないと聞き苦しい。お巡りさんが「泥棒と思う」のが「職業病」といえば分かるかな。我々は現実世界で生きている以上「職業病」を身に付けざるを得ない。僕の「決めつける喋り方」も、演出家としての「職業病」であるのは間違いない。「開き直る」のは肉た労働者の職業的な癖だろう。僕の個人の性格とは関係ない。

 シナリオライターの彼女は、稽古の後DVDで「今の稽古」を改めて見たら「兄妹の言い合い」でケラケラ笑っていたとスタッフが後で教えてくれた。僕は「そうに決まっている」と思ったものだ。

「自分が面白かった」のを批判するのが、「孤独な創作者」の職業的な癖なのだ。彼女の性格や人柄に関係なく、若くして「孤独な執筆作業」を生真面目にこなしたに過ぎないということだ。このような方こそ成功して欲しいと僕は思う。「ハッタリ」が身に付けばいいだけなのだ。

 

| - | 01:36 | comments(0) | - |
「今田由美子さんの一人芝居」の宣伝

 山形の女優・今田由美子さんの人柄を誉めようと思う。「山形の地」に心動かされている僕は、今田さんを「山形の地」を切り離しては説明できない。

 一週間滞在して、地元の人と芝居を創る活動を、僕は山形で数年続けている。最近は龍岩寺という山裾のお寺を借りている。このお寺で稽古と本番を行っているのだが、このお寺の「当り前さ」が、あまりに凄いので文章化したいと思ったのだ。

80歳を過ぎたろう年配の檀家の方々が「芝居創り」に参加してくださっている。この方々が「芝居をしたい」と思っているわけではないし、本番公演が見たいわけじゃないのは明らか。ご住職や奥さんのミカさんを「盛り立てよう」としているとは、最初の頃は気が付かなかった。ある時、本堂の前で一服していたら、奥さんのミカさんが境内を通り過ぎた。お客さんを駐車場に送って行ったらしい。すぐに小走りで戻ってきたが、敷石から伸びた雑草を見つけると立ち止まり、雑草を引き抜いた。それを捨て場に置くと、また小走りで台所に消えた。

 ただ、歩いている途中で雑草を見つけたから、抜いて捨てただけだが、これが生活に根付いている事に僕は心動かされたのだ。ミカさん本人には何の記憶にも残らない当たり前すぎる事で、僕が感動することに驚くだろう。

 僕の故郷は、北陸の寒村であり、貧農だったから、僕ら子供でも田んぼ仕事の手伝いは無論のことで、毎日のように縁側の拭き掃除や庭の清掃まで様々あった。こんな土地に居たら一生奴隷だと、思春期を迎えて以降、逃げ出す事ばかり考えていた。だってテレビで流れる都会の生活には、手を泥で汚すことなど全くなかったからだ。都会暮らしがしたいというのが憧れだったが、一族も親戚も田んぼの中の村に住んでいた。

 そんな僕の体験もあって、山形での「雄三WS」のテーマは「都会と古里」になった。「山形WS」の地元参加者は、様々な理由で「都会暮らしの経験」を持っていた。60歳を越えたお爺さんが言うには「方言を直すのが大変だった」という。中学を卒業して東京の工場で働いたのだが「何言っているのが分からん」と毎日のように言われたとか。山形の訛りは「ズーズー弁」を笑われたそうだ。で、地元に戻り、嫁を貰って再就職したら「何を洒落こいているんだ」と標準語はバカにされたと笑って方言を喋っていた。

 今田さんの都会暮らしの想い出は、「高円寺の八百屋さんで働いたのだけど、給料の高いのが嬉しかった」という。「働くのが楽しくって楽しくって・・」と朝から晩まで働いた若き日を楽しそうに話していた。

 農家は年収で、個人の給与や小遣いがなかった歴史を知らないと「今田さんの喜び」は理解できないだろう。僕の母親は小学校教師の職に就いたが、給与は全て姑に渡し、自分の自由になる金などなかったのだ。

 何が書きたいかというと、僕は50年前の日本の姿を「山形に見た」ということなのです。「客を送ったかえりに雑草を抜く」が代表されるように、女性がいつも忙しく立ち働いているのが「当たり前」というのは今の日本にはなくなったろうということなのです。

 こんな風土が色濃く残っている山形の地で、今田由美子さんは芸能人を目指したのです。「東京で映画スターになる」って言う女性を、地元の人はどう受け取ったを想像してください。そして今田さんは女優として花咲かぬまま、婚期を過ぎて山形に戻ってきた。様々な風当たりの強さがあったろうと容易に想像できる。

 僕は今田由美子さんの凄さを、山形に戻ってからの人生に感じる。彼女のプロフィールによると「山形で、芝居を仕事にして生きていく」をモットーと宣言している。そして活路を見出したのが一人芝居の「零に立つ」(激動の一世紀を生きた中川イセの物語)だ。

 彼女は人に頼るのではなく「一人で自立する」という激烈な決心があったに違いない。「山形の女性の根本」の「支える・地味に働く」は、夫や子供がいて成立するが、今田さんは独り身なのだ。独り身の女性が「山形で生きるモデル」を、身をもって証明したかったに違いない。だから演じるのは「一人芝居」であり、山形生まれで、網走で名を成した「中川イセの人生」に共感したに違いない。年取ってから異郷の地に立ち、孤立無援で状況を好転させる。そんな中川イセさんのように、今田由美子さんも「零に立つ」と何度も呟いたことだろう。

 今田さんが一人芝居をするのは意味があるのです。しかも今回は「シベールアリーナ」という劇場。山形の演劇人にとっては「甲子園」のような劇場と思う。女手一つで、この劇場公演まで漕ぎつけたのだ。

 どうか皆様の力でこの公演を成功させてやってください。今田さんは龍岩寺のミカさんの友達で「山形の女性」です。安倍内閣もいうように「女性活躍」は大事だが、派手な人ばかり持ち上げている。「支える・地道」な「山形の女性」を支援してください、と今田さんの人柄を知っている僕は切に願っています。

 成功すれば彼女本人が喜ぶだけでなく、都会の流れに影響を受けて「結婚しないで宙ぶらりんになった女性」に生きるヒントが与えられるでしょう。「女性の自己主張」が見事に山形県にマッチした作品です。芝居が「面白い・詰まらない」を超えて、山形県民の方に観て欲しい舞台です。

 

 

今田さんのホームページ
http://yumiko333.com

 

語り劇ブログ

http://katari-geki.seesaa.net

 

 

 

| - | 17:18 | comments(0) | - |
クラウドファンディングについて

 

 若いスタッフの尾辻が始めた、クラウドファンディングという寄付の方法。コンピューターを使って不特定多数の人から金を集めるという。僕ら年寄り世代には馴染まないというか、頭を下げる以外に寄付を募るしかないと思っていた。いうならば寄付行為というのは「恩義の貸し借り」と思っていたのだ。「親切の貸し借り」といっていい。親切にされた側は、脳の帳簿に書き込んでおかねばならない。この親切にされた側が、脳の帳簿に書き忘れたりすると「恩知らず」という事になる。日本的に言うなら「大罪」に当たる。

 一方に「赤い羽根募金」みたいな「良きことの為」に寄付するというのもある。

 が、このクラウドファンディングというのは、企画内容が面白ければ寄付するというものらしい。

 「やりたいならやってみろや」ぐらいのスタンスで僕は横で見ていたら、60万円の金額が集まったとか。どうせ雄三清子の知り合いが金を振り込んでくれたのだろうと思っていたら、殆どが知らない人だから驚いた。というより、寄付者が匿名というか、ハンドルネームなのだ。「姪がお世話になっています」とメモ書きにあったりするから、家族や親戚にうちの事を話しているのだろう。で、親戚の方々は「面白い所」とうちの事を思っているということだ。

 

 我々は昔「森田オフィス」と名乗って、「イッセー尾形の一人芝居」や、桃井かおり、小松政夫、石川さゆりといったビッグネームの人たちと舞台を創ってきた。が、4年前に「舞台活動」を休眠した。「森田オフィス」は無収入となり、新しい商売を立ち上げなければならなくなった。世田谷の多摩川沿いにある一戸建ての家賃は高いし、数名の従業員も「一緒に新しい仕事がしたい」ということで、「カフェ・楽ちん堂」を始めた。

サラリーマンに挫折した次男が「福祉活動」を始め、東京都の認可をとり、中高生向きの「デイケヤーのサービス」を始めた。不登校の子供たちの拠点を作ろうとしたのだ。

 「楽ちん堂・カフェ」も子供連れの人たちが常連客となってくれた。子供を預かり宿泊や送迎もしている。このお客さんが保育園や幼稚園、子供の誕生会などのパーティーに「楽ちん堂」を使ってくれている。

 

 貧乏するのは悪いことだけではなく、働くスタッフが「労働に生甲斐」を見出してくれる。その典型がケイタリングで、弁当やパーティーの会合に食事を配達する。今のメインの収入はこの配達仕事になっている。大量の弁当の注文に、働く皆は嫌な顔をしないどころか、近所の常連客が手伝いに来てくれる。「作る人」が「配達する」から、食事の感想が聞けるし、細かな事にも対応できるから評判が良い。

 昔の仲間が手伝いに来てくれる。「料理の鉄人」にレギラー出演していた森川さんや、帰国したニューヨークの寿司職人の牛さん、青山でレストランを経営していた大ちゃん。その道一筋の生き方に「飽きた料理人」が、面白がって手伝ってくれる。

 

 僕は若い人やはみ出した人が乗ってくれる「クラウドファンディング」は時代の潮目ではないかと思う。「成果を出す」よりも「面白がる」に、若い人や老人たちも「何か」を見出しつつあるのではないかと思う。

 目標額は150万円で、今月末が締め切りだ。まだ100万円ぐらい足りないが、若いスタッフが右往左往している姿を毎日見ていたブッチーさんが、「僕が足りない分入れましょう」と申し出てくださった。ブッチーさんは、経理のプロなのだが、毎日のように楽ちん堂に顔を出し、我々のやっていることを面白がってくださっている。「雄三WS」に地方まで遠征してくださり参加している。ヨーロッパで活躍している「ヨシ笈田」という役者・演出家が、ブッチーさんを面白がり、即興で芝居を組み立ててくれた。見る人が見れば「ブッチーさんの魅力」は十分伝わるのだと思った。

 

 貧乏して金に困っているからこそ、我々の「わけ隔てしない歓迎」が伝わるのだろう。逆に言うなら、貧乏するからこそ「我々の業績」が評価される気がする。

 どうぞ皆さま、我々の「クラウドファンデイング」にご協力ください。寄付してください。我々の活動を支援するというより「面白がって」ください。

 

 夏休みでシングルの子供が「楽ちん堂」に宿泊している。足の傷が化膿したらしく、清子が薬屋に連れて行ったが、病院に行きなさいと言われたらしい。明日は花火大会で「楽ちん堂」のかき入れ時。スタッフは仕入れでてんてこ舞いしている。が、子供の病院代に現金を持って行ったようで、現金が底をついているスタッフたちは大慌て。子供は保険証を持ってきていないので、全額の現金での建て替えが必要なのだ。

 こんな大騒ぎも、横で見ていると楽しい。子供は病気の時に「甘える」のだが、それが本当の親ではなく清子なのが可愛い。「忙しさ」と「金がない」のを普通にしている清子やスタッフはそれを笑い、それを冗談にしている皆の中にいると救われる気がする。

理屈じゃなく「拒絶しない」を、長年やってきた我々の仕事の成果だと思う。「雄三WS」では、「出たい人が全員舞台に立つ」という演劇活動をしてきたのだから、それをスタッフが身に付けたのだから、僕は嬉しい。「金がない」のを個人で受け取ると辛いが、誰かが助けてくれると思えば、全然、ピンチの迎え方が違う。そして人生には「これで駄目だ!」と思う事は沢山あるのです。

 

 我々は無収入になった4年間、スタッフと共に「これで駄目だ!」と思ったことは何度あった事か。その度に、不思議な救い主が現れて我々を救ってくれたのです。

 僕の個的な実感を書くと「宗教ぽく」なるので止めますが、助けたり・助けられたりするのは「面白い」という考え方を「クラウドファンデイング」で教わって気がします。

 嘘だと思うなら、少額で結構ですので「クラウドファンデイング」に寄付してみてください。何かが変わるはずです。

 

 

クラウドファンディングのページへはこちらから

 

https://readyfor.jp/projects/rakuchindo

 

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| - | 19:12 | comments(0) | - |
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+ 森田雄三プロフィール
1946年・・・石川県白山市に生まれる。 2006年・・・兵庫県高砂市の教師とワークショップで芝居を作る。 スイス国立演劇学校(HMT)の教授となる。           ワークショップに関する本が何冊も出版される。           ワークショップに参加した人達、通称:「森田雄三チルドレン」が、ソーシャルネットワーキングサイト「mixi」(ミクシィ)でも多数存在し、ワークショップでの出来事・森田が話した内容「雄三トーク集」なるコメントがされている。 イッセー尾形の演出家。
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