イッセー尾形の字の部分 演出家森田雄三 語録ブログ
森田雄三語録ブログ
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今朝の朝日新聞の「ひと」の欄に山下澄人君が取り上げられていた。

 受賞記者記者の定番の「受賞の感想」で、山下君は「芥川賞ってすごいな」「芥川賞作家やて……、友達ビックリするわ」と答えていた。それを記事にした、記者会見の記者たちは、長い間がある山下君の答えを「照れて…」とか、「喜びをかみ殺して」というフレーズを使って形容していた。

 が、今日の朝刊のインタビュー記者は受賞の感想を「他人事のように言う山下澄人」と表現していた。そしてこのインタビュアーは、「自分を他人のようにとらえている作家」として、受賞作の「しんせかい」の内容を紹介していた。過去の自身の実体験を「他人事のよう」に捉える書き方を、山下澄人がしているというということね。

 手元にその新聞記事がないので、正確ではないですが「実体験の過去」に「思い入れ・ノスタルジー」がないと言う事だ。「乾いている・醒めている視点」と書いていた気がする。

 これまでの小説家も読者も「思入れをする」のが小説だったのだ。大河小説というか、名作は、例えばトルストイは、登場人物のすべてに「その人になり代わったよう」な態度で、その人たちの心の中まで書いている。いろんな人の心の中まで判るって「トルストイさん、あなたは神様ですか」と、僕は突っ込みを入れたくなった。無論、若い頃に読んだから、その当時は「これが面白いと言う事」で「感動せねば」と、自分に言い聞かせて「小説の長さに耐えた」のだ。無論何も頭に残らないし、きれいさっぱり忘れてしまったが、NHKの名作ドラマで「戦争と平和」をやっていたのを見た時、長編小説の筋が蘇った。「途中から見ても、話が分かる」というのがメリットに過ぎないのが「若い頃の勉強」と気が付いた。周りに友人や家族がいれば「トルストイってのはな・・」と自慢場をしたに違いない。」が、誰もいなかったし、居ても僕は敬遠され、避けられるだけだろう。僕の若き日の苦労は何の役にもたたないどころか、迷惑となったのだ。

 これは芝居にも同じことが言えて、「自分を他人事のよう」に扱えば、シリアスで滑稽に「生きること」を描くことができる。

 僕は「自分の事は他人ごと」のスタンスで「創作」を行っている。難しくもなんともなくで「自分の話は誰も聞いていない」という立場に立てばいいだけだ。爺さん婆さんの昔話がそれで、「聞くに堪えない」が本人は「嬉々として喋っている」のだ。不思議なもので、この爺さん婆さんの「嬉々とした話」を舞台に乗せると、観客は笑うのだ。「おかしくない」のは演じている「当の本人」だけで、「皆さん何が可笑しくって笑っているのですか」と真顔で聞くことも珍しくない。

 こんな「雄三WS」を20年以上も続けていると、創作した本人には「手ごたえ」がないのが「良い出来」となるから、すぐに来なくなる。「手ごたえ」とか「創った実感」を「本人が持ちたい」のだろう。「やったー!」という喜びを持ちたいというのかな。

 そんな手法で「創作活動」をしている山下澄人君が、芥川賞という栄誉を受けたのは、僕は嬉しい。これは稀な事であり、時代を一歩進める事だと僕は思っている。山下君は「負け戦覚悟」で「創作の世界」に乗り出していたから、栄誉が訪れたのだろう。

 山下君の師匠である倉本聰さんが、作品に対する感想で「僕でも分かる、分かり易い事を書いてくれ」と受賞祝いのコメントがテレビに流れていた。倉本聰さんはさすが山下君の師匠と思った。定番のお祝いの言葉を述べず「自分の実感」を述べることで「自分の信念」を守ったのだと思う。   

 最後に山下君は「つるっと寝言みたいに出てきた言葉」を集めて書いていると記事にあった。彼の書き方の本質だと思う。これこそが、僕が長年素人と創作してきた真髄なのだ。「創作」は思い付きにしかなく、「考え」は「創作とは逆」なのだ。「自分がいいと思うのはくだらない」ということであり、「無我の境地」というと、説教好きな人格者に誤解される。気が張らない場所では「誰でもそうなる」のだ。爺さん婆さんの「愚痴や説教」、それに若い人の「命を掛けた恋」もそう。本人は真剣だが、周りは滑稽となる。「お前は、なんべん『命を掛けた恋』すれば気が済むんだ」と、聞く側は白けている。

 それにしても、このインタビュー記事は凄い。「板垣麻衣子」という気者の名前まで覚えてしまった。きっと板垣さんは「山下澄人」に興味があり、この作家が行っている意味も理解しているのだろう。

 僕は山下君の頑固さ誠実さで、文学を復興させるよう望んでいる。皆さんがもっと本を読むようになるという事なのだ。「千何百円で 本を買う事」が、僕ら外野席の意思表示だと思う。本人は「買ってくれ」とはとても言えないだろうが、周りの野次馬としては、いくらでも頭は下げられる。

 僕の芝居のそうで「観に来なくていいよ」と僕は言い続けるが、周りの人が宣伝してくれる。そんなわけで「しんせかい」をどうぞ買ってください。この本が「文学復興の起点」になると僕は信じています。

 他人事だと、何とでもいえるのが気楽でいいね。

 

 

 

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+ 森田雄三プロフィール
1946年・・・石川県白山市に生まれる。 2006年・・・兵庫県高砂市の教師とワークショップで芝居を作る。 スイス国立演劇学校(HMT)の教授となる。           ワークショップに関する本が何冊も出版される。           ワークショップに参加した人達、通称:「森田雄三チルドレン」が、ソーシャルネットワーキングサイト「mixi」(ミクシィ)でも多数存在し、ワークショップでの出来事・森田が話した内容「雄三トーク集」なるコメントがされている。 イッセー尾形の演出家。
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