イッセー尾形の字の部分 演出家森田雄三 語録ブログ
森田雄三語録ブログ
<< 今朝の朝日新聞の「ひと」の欄に山下澄人君が取り上げられていた。 | main | 「タエシマ君が小説を書き始めた」 >>
「リョウ子の一人芝居」について

 スタッフのユウジのお兄ちゃんは、引き籠りで自分の部屋から出ない。そして同居している父親や母親を殴るらしい。警察を呼んだりするが、警察は現行犯じゃないと手出しできないそうだ。で、精神病院も預かってはくれない。ユウジは親や兄ちゃんを見捨てることは出来ないから一緒に暮らしている。ユウジは「大きな愛」というか「自己犠牲」を理解してしまったのだ。「お兄ちゃんはまともに暮らせないだろう」し、ユジガ出来ることは「そばにいる事」と腹をくくっているに違いない。僕はユウジに敬意を表している。それは僕には出来ない「大きな愛」だからだ。言葉を代えると「僕は家族と一緒に溺れる」のが嫌だからだ。

 僕の心情としては「人は単純な事に悩む」と思っている。で、ユウジに「お兄ちゃんはいつ暴れる」と聞くと、即座に「親から金をもらう時」と答えた。親が金を渡す時、父親が「金を稼ぐのは大変なんだぞ」と繰り返し言うんだって。親にしてみれば、いつかは「お兄ちゃんは働く」と励ましているつもりなのだろう。あるいは「親が金を渡すから、子供が自立しない」という葛藤があるのだろう。で、父親が殴られるという暴力沙汰に発展する。その時に「止めに入る」のがユウジしかいないのだ。

 ユウジ曰く「父親も黙って金を渡せばいいのに」だって。

 誰の悩みも、一つの単純な事なのだ。ユウジのお兄ちゃんの場合は「目の前の現金」なのだろう。通常ならば「働いて現金を手に入れる」のだろう。が、幼き頃から単純作業のアルバイトを身に付けるから、「金を稼ぐこと」=「時間の切り売り」となるに違いない。「嫌な事」をして「先輩にペコペコする」を「金を稼ぐこと」と思い込んでも不思議じゃない。

 話が変わるようだが、我々、健常人は「様々な事で悩んでいる」と思っている。「仕事に不満がある」とか「人間関係が辛い」とか。が、実は「幼稚なほど単純な事」で腹を立てているのではなかろうか。ちょっとしたことで血が逆流し、指先が震える。人間は立で高等ではないと、僕は思っている。そんな人間の捉え方で、僕は「芝居を創ってきた」のだ。その人が気にしている事」は「他人には丸見えだが、本人には見えない」ということね。「裸の王様」と言えば分かり易いかな。

 だから「王様は裸だ!」と叫んだ子供のように、皆が分かっている「その人の丸裸」を当人に教えさえすれば、本人は「自分を滑稽に描くこと」が出来る。

 いうならば「腋臭(わきが)」のようなもので、「自分の腋臭に気が付いていない人」っているものだ。うちに出入りする女性で30代半ばなのに「自分の腋臭」に気が付いていないのがいた。興奮すると臭くなるから、当初は「僕の感じ過ぎ」と反省していた。「臭いよ」と言うとイジメになりかねない。「王様は裸だ」と言ったのは子供だったが、今は「子供ですら、感じたまま」を言えなくなったのだろう。

 が、事実として「その腋臭の女性」は、皆に敬遠されている。「変わった人」の扱いだ。

 僕などは「余計な事を言って嫌われたくない」から、腋臭にふれることをしなかった。女性スタッフが「腋臭の彼女」を話題にし、「母親がいなかったから、『腋臭』を教えてもらわなかったのだろう」とか、「いつも清潔で、白いジーパンや淡い色のシャツを好む」「絶えず笑顔で微笑んでいる」「結婚する気配がない」などなどの噂場の類だったが、「やっぱり彼女に『腋臭』を教えるべきよ」となった。

 で、「誰が」「どんなふうに教えたらいいか」の話になり、我々は芝居を創っているから、芝居の台本を創るような雰囲気になって筋書を相談した。彼女に「腋臭を伝える役どこ」に名乗りを上げたのがベテランのスタッフ。「亭主が腋臭だったのを病院に行かせたのよ。治す方法も教えなくちゃ、興味本位に受け取られる」と言う。それで腋臭が女性の問題は解決したが、本人は相当にびっくりしていたとか。最初に言い返された言葉が「あなたの幻臭(げんしゅうよ)、私は腋臭じゃない」と開き直られたとか。当人にしたら、忠告したベテランスタッフを意地悪としたかったのだ。

「腋臭」という、どうってことない欠点が人生を左右した一例だろう。本人が「なぜ自分が遠巻にされて、打ち解けられないのか」を、いろいろ悩んだろう。その悩みは、すべて的外れだったのだ。

 「悩みは幼稚なほど単純明快」を理解すれば、「一人芝居」は簡単に創れる。「裸の王様」の原理で、内面と外側の葛藤が「世界のすべて」として、芝居を組み立てればいいのだ。「一人芝居」とは「自分の思い」と「他人の口だし」の絡みなのだ。一人しか登場しないから、主人公が周りを曲解するから、滑稽であり悲惨なのだ。

 この方程式で、前回のリョウ子の一人芝居で組み立てた。リョウ子の実人生は演劇大学を卒業し、小劇団で十数年役者を続けている。言うならば、思春期以降の彼女は人生を演劇に捧げている。と書くとかっこいいが、これを身も蓋もなく書くと、「単に売れたいだけ」といえる。

 彼女の悩みを「役者として売れること」とすると、「恋人に女が出来た」のは、愛の悩みではなく、芸能界と自分をつなぐ糸がなくなるということだ。叔母ちゃんたちの励ましも彼女にとっては、恨みにしかならない。元々「売れるはずもない女優」だったとしたら、「売れる女優」にしがみつくのは、滑稽で哀れな事だろう。「裸の王様」が来たマントは「売れる女優」だったのだ。

 外部から見れば、どんなに若作りしようとも、年寄りは「爺と婆」なのだ。僕は足を一本なくした障がい者だから、外目には「体の欠損」は隠しようがない。義足は医学的な理由でつけられないのだ。「裸の王様」のようにマントでは「外目を偽れない」。だから他人の尊重が出来ると思っている。簡単にいうと「あなたが思ったのが森田雄三です」ということね。相手が思ったことはくつがえせない、ということね。

「一月22日のささやかな稽古」でリョウ子の「一人芝居」がアップされています。雄三のフェイスブックで動画が見られます。

 

 

| - | 02:09 | comments(0) | - |
スポンサーサイト
| - | 02:09 | - | - |









+ イッセー尾形オフィシャルブログ
+ 森田雄三プロフィール
1946年・・・石川県白山市に生まれる。 2006年・・・兵庫県高砂市の教師とワークショップで芝居を作る。 スイス国立演劇学校(HMT)の教授となる。           ワークショップに関する本が何冊も出版される。           ワークショップに参加した人達、通称:「森田雄三チルドレン」が、ソーシャルネットワーキングサイト「mixi」(ミクシィ)でも多数存在し、ワークショップでの出来事・森田が話した内容「雄三トーク集」なるコメントがされている。 イッセー尾形の演出家。
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< June 2017 >>
+ SELECTED ENTRIES
+ ARCHIVES
+ MOBILE
qrcode
+ recommend
+ recommend
+ recommend
+ recommend
+ recommend
+ recommend
+ recommend
+ recommend
+ recommend
+ recommend
+ recommend
+ recommend
+ recommend
+ recommend
+ recommend
+ recommend
+ recommend
+ LINKS
+ OTHERS
+ SPONSORED LINKS
このページの先頭へ